ダヴィンチの旅行写真集

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2012年 10月 18日

鎌倉の洋館を訪ねて

2012年10月13日、日退協の「秋の鎌倉探訪」に参加しました。今回は、「武家の街・鎌倉の中にある近代洋風建築を見て歩く」でした。主な見どころは、下記の通りです。 
旧華頂宮邸、古我邸、高野邸、ホテルニューカマクラ、時計塔、Dr.ウォーナーの碑、旧安保小児科医院、日本基督教団鎌倉教会会堂・同付属鎌倉幼稚園、篠田邸、かいひん荘・鎌倉です。今回、鎌倉文学館はコースから除外されていました。

《写真集》
華頂宮邸  木造3階建、延べ床面積578㎡
 昭和4年に華頂博信侯爵の邸宅として建てられましたが、華頂夫妻が住んだのは数年のみで、その後、たびたび所有者が代わり、平成8年5月に鎌倉市が取得しました。外観は、洋風民家に見られる柱や梁などの骨組みを外部に見せ、その隙間の壁を石材や土壁で充填する「ハーフティンバー様式」で、国の登録有形文化財に指定されています。また、南面側のフランス庭園はユニークな作りになっており、庭側から見た景色は心に残ります。
 10月19日のNHK「BS-103」で再放送中の連続テレビ小説「おひさま」の中で、陽子の友達の邸宅として放映されました。

玄関側の建物の外観  ハーフティンバーの「X形の木組み」がお洒落ですね!
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部屋から眺めたユニークなフランス式庭園
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庭から眺めた建物の外観
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華頂宮邸の部屋の様子
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部屋に置かれていた「季節の飾りもの」
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華頂宮邸の門柱と照明灯
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華頂宮邸近くのバス停の横を流れる川の風景
川岸に咲く萩の花と川に泳ぐ鯉たち
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川面の煌めきと泳ぐ鯉たち
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古我邸  木造2階建、延べ床面積510㎡、敷地5,000㎡以上の広大なもの
大正5年に三菱財閥の重鎮だった荘清次郎氏の別邸として建てられ、昭和初期には浜口雄幸や近衛文麿などの別邸として使用されたこともあるそうです。現在は、古我家の関連企業の所有ですが、故古我信生氏の夫人が住まわれています。向かって右側はハーフティンバー、左側は半六角形の出窓と斬新的な設計になっています。設計社は、桜井小太郎とのこと。鎌倉文学館、華頂宮邸と共に『鎌倉三大洋館』の一つと云われています。

古我邸の全景
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半六角形の出窓
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ハーフティンバーの妻面のある建屋
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古我邸の玄関付近の構造
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玄関のサイドから見た邸宅
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邸宅の裏側の様子
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高野邸  
昭和8年頃に建てられた邸宅です。ベイ・ウインドウ(出窓)や鎧戸付きの上げ下げ窓と云った洋風の意匠が特徴の建物です。個人の住宅で、非公開の洋館です。

門から見た高野邸
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外から見た建物外観
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特徴的な構造の窓
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ホテルニューカマクラ  
大正13年の建築で、戦前は「山縣ホテル」の名で鎌倉最初のホテルとして営業されていたそうです。木製の上げ下げ窓が整然と並ぶ外観が特徴で、内部も当初の意匠が良く残っており、戦前のホテル建築として貴重な存在とされています。大正12年、芥川龍之介と岡本かの子が出会った場所としても知られています。

ホテルニューカマクラの外観
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敷地内にある別館
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玄関から見たホテルのロビー
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玄関前にとまっていたアキアカネ
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時計塔  JR鎌倉駅西口前にある広場に建てられた時計塔
旧国鉄鎌倉駅の屋根にあったもので、昭和初期に取り付けられた時計台です。現在の駅舎に改築される時、時計台だけでも残したいとの大きな市民運動によって、昭和58年この地に移設されたものです。
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現駅舎の時計台
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Dr.ウォーナーの碑  時計塔の横に建てられた碑
アメリカの東洋特に日本美術の専門家・ウォーナー博士は、太平洋戦争に際しアメリカ国内で、日本の鎌倉ほか3古都などの藝術的歴史的建造物に戦火が及ばないよう訴え、これにより日本の多くの文化財が爆撃を免れたと言われています。昭和62年にその事跡を記念して建てられた碑であります。  『文化は戦争に優先する!』
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旧安保小児科医院  現在は、鎌倉風致保存会の事務所として利用されています。
大正6年に小町で開業しましたが、関東大震災で倒壊し、大正13年頃に現在の建物が完成し移転開業したそうです。平成7年まで医院として使用されていました。三方に設けられた切妻屋根とハーフティンバーの妻壁が特徴ですが、建物内部は、もとの姿を残しています。待合室と診察室の天井飾りが素晴らしいですね!

建物の外観
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診察室の医療器具
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診察室の天井飾り  鶴の漆喰細工による天井飾りが印象的でした。
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待合室の天井飾り  ウサギとニンジンを象った天井飾りは、可愛らしく子供への思いやりが感じられます。
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日本基督教教団鎌倉教会
明治30年に長谷で伝道を開始し、110年超の歴史を誇る鎌倉最古の教会です。明治37年にこの地に木造の聖堂を造りましたが、関東大震災で倒壊しました。大正15年にハリス記念鎌倉メソジスト教会会堂として再建されました。 戦前の代表的なプロテスタント教会会堂と云われています。

教会の建物外観
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教会内部及びステンドグラス
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鎌倉女学院  なかなか洒落た造りの校舎ですね!
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篠田邸  
昭和8年に建てられた邸宅です。横浜興信銀行(現横浜銀行)の常務取締役であった村田繁太氏の和風住宅の増築部でしたが、昭和36年に国文学者・篠田太郎氏の所有となりました。鎌倉のハーフティンバー様式の住宅を代表する建物と云われています。個人の住宅なので、塀の外から撮影しました。
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かいひん荘・鎌倉  現在は、純和風旅館として活用されています。
大正13年、富士製紙社長の村田一郎氏邸として建てられたものです。当時流行した和風を主体とした洋館付き大規模住宅で、2室からなる大きな洋館部が特徴的です。出窓の多さ、急勾配の切妻屋根そして円弧形の屋根が道行く人々の目を引いています。

かいひん荘・鎌倉の玄関風景
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建物の外観
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外から見た洋館部分の円孤形屋根
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庭園の石燈籠
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鎌倉文学館  
最後に「鎌倉文学館」の外観写真を掲載します。 この写真は「ウィキペディア」から拝借しました。 近日中にここを訪れ、撮影した写真を掲載する予定です。
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以上で、今回の「鎌倉散策」は終わります。鎌倉にもこのような素晴らしい洋風建築が残っていることを初めて知りました。非常に有意義で、楽しいイベントでした。 主催された皆様に感謝!カンシャ!です。 ありがとうございました!!!

         今回も最後までご覧頂き、本当にありがとうございました。 みなさんも「鎌倉の洋館散策」をされたら如何ですか!

by mda-vinci | 2012-10-18 21:26 | 国内旅行・散策


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