ダヴィンチの旅行写真集

mdavinci.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2014年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧


2014年 07月 03日

2014年 四国旅行(3)

 引き続き、「2014年 四国旅行(3)」をご覧ください。

《写真集》  これ以降の全ての写真は、『スマートホン』で撮影したものです。 多少、写真品質に難がありますが、ご容赦ください。
6月2日(月) 
祖谷を観光した後、土佐・桂浜を訪れました。
土佐・桂浜
坂本竜馬像
c0094546_16522320.jpg

坂本竜馬像をバックに
坂本竜馬像を見た後、桂浜を歩いて「龍汪岬」まで行き、そこから見える太平洋の水平線や何処までも続く海岸線などを眺めました。バスに戻る前に、桂浜水族館の会社時代の友人を訪ねましたが、残念ながら会うことはできませんでした。
高知城近くまで戻り、「ひろめ市場」で夕飯を食べました。市場内の「ひろめで安兵衛」で食べものを調達しました。食事後、ライトアップされた高知城を散策しました。
高知城の夕景
c0094546_178388.jpg
c0094546_1781593.jpg
c0094546_178382.jpg
c0094546_1784941.jpg
c0094546_179787.jpg
c0094546_179215.jpg
c0094546_1793294.jpg
c0094546_1794269.jpg

高知城を散策後、本日の宿 「土佐ロイヤルホテル」 へバスを走らせました。
6月3日(火)
室戸岬  
 室戸岬の海岸風景
c0094546_1735185.jpg
c0094546_17351013.jpg

 亀の形をした巨岩
c0094546_17364288.jpg

 岩場に生えていたハマアザミ
c0094546_1737276.jpg

 岩場の風景
c0094546_17382312.jpg
c0094546_17383788.jpg
c0094546_17385277.jpg
c0094546_1739680.jpg
c0094546_1739148.jpg
c0094546_1739289.jpg
c0094546_17393883.jpg

薬王寺  この地の日和佐の浜辺に、ウミガメの産卵を夜中に見に行ったこと。また、遊泳禁止の砂浜で、子供たちと泳ぎ、波に飲み込まれましたが、九死に一生を得たことなど思い出しました。
 薬王寺の本堂および瑜祇塔
c0094546_1751201.jpg

 薬王寺・瑜祇塔前から見た日和佐の風景  右側の山麓には、日和佐城が見えます。
c0094546_1802157.jpg

最終の観光地「鳴門の渦潮」を見るため、道を急ぎました。幸いなことに、道路が渋滞することも無く到着時間が早まり、渦潮観潮船の待合室で時間調整を行い、予定の観潮船に乗り込みました。
渦潮観潮船に乗船  小雨降る中、出航しました。大雨にならずにホッとしました。次の日から梅雨に入り、「記録的な大雨」との報道を聞き、本当に吃驚仰天、「幸運だった」としみじみ思いました。
 観潮船から見た大鳴門橋
c0094546_1824428.jpg

 大鳴門橋の下を通過する船
c0094546_18333142.jpg

 観潮船から見た渦潮
c0094546_18245458.jpg
c0094546_1825114.jpg
c0094546_18252939.jpg
c0094546_18254185.jpg

 淡路島から来た帆船型観潮船  この船を最初「帆船」だと思い、クルーに確かめたところ、淡路島から来た観潮船だと判明しました。 本当に絵になる光景でしたので、カメラに収めました。
c0094546_18311165.jpg
c0094546_18312216.jpg
c0094546_18313344.jpg

 大鳴門橋と帆船型観光船
c0094546_18352370.jpg
c0094546_18353363.jpg

観潮船から下りて、今度は「大鳴門橋遊歩道 渦の道」から渦潮を見ました。海面から45mの遊歩道に設置された「ガラス床」を透して見る渦潮は迫力満点でした。今回は「中潮」だった関係で、直径20mの巨大な渦潮は見ることが出来ませんでしたが、それでも満足!マンゾク!でした。
「渦の道」から見た渦潮
c0094546_18435438.jpg
c0094546_1844330.jpg
c0094546_18441333.jpg

これで今回の全ての観光日程は終了しました。 最終日は、曇り時々小雨の天候でしたが、翌日からの「梅雨入りの大雨」のことを考えると本当に「ラッキー!!!」の一言に尽きると思っています。

        以上で「2014年 四国旅行(1)、(2)、(3)」のブログを終了します。

by mda-vinci | 2014-07-03 15:09 | 国内旅行・散策
2014年 07月 02日

2014年 福島旅行(1)

2014年6月22日(日)から2泊3日で、福島を旅してきました。今回も10歳年上の姉を伴う、三人連れの小旅行でした。昨年は、宝川温泉と法師温泉で温泉三昧、残雪の谷川岳・天神平を散策しました。今回は、是非連れて行きたいと思っていた高湯温泉の源泉かけ流しの宿「旅館 玉子湯」でのんびりすること、そしてその足で裏磐梯・五色沼と会津若松を廻ることでした。裏磐梯の宿は、桧原湖畔にあり、五色沼の柳沼にもほど近い「星野リゾート 裏磐梯ホテル」に宿泊しました。ホテルの庭からは磐梯山が正面に眺められ「眺望絶佳」、食事も美味で雰囲気も抜群、予想を遥かに越える素晴らしい宿でした。今回の旅行で撮影した写真を本ブログに掲載しますので、よろしければご覧ください。

《写真集》
6月22日(日)  玉子湯に行く前に「安達太良神社」、「二本松・霞ヶ城跡」、「千恵子の生家」を訪れました。
安達太良神社
平安時代の延喜式神名帳には「飯豊和気神社」と記載されている古社で、明治2年に「安達太良神社」と改称されたと言われています。市街地を一望できる丘の上に、安達太良山を仰ぐように鎮座する神社で、戊辰戦争において新政府軍が通過したところといわれています。社の柱には当時のものと思われる弾痕が残っているとのこと。
 雨の中に佇む安達太良神社  丘の下に車を止め、傘を差して神社まで上って行きました。お宮参りの家族がお祓いを受けていました。
c0094546_922859.jpg

 お祓いを受けるため、神社に入る家族連れ
c0094546_9313532.jpg

 神社の前に置かれた狛犬
c0094546_924579.jpg

 拝殿の鈴と彫刻
c0094546_938938.jpg

 拝殿入口の「龍の天井画」と「額」
c0094546_9263240.jpg

 本殿を飾る龍の彫刻
c0094546_9284337.jpg

 境内にある欅の御神木
c0094546_9302799.jpg

欅の幹で見つけた猿の顔?
c0094546_1611168.jpg

 境内にある神楽殿
c0094546_93427100.jpg

 手水舎の彫刻
c0094546_935722.jpg

二本松「霞ヶ城跡」  
二本松藩初代藩主・丹羽光重が10年の歳月をかけて大規模改修を行った二本松城。戊辰戦争の時、白河口の戦いに藩兵の大半が出向き、空城同然のところに政府軍が攻め込み、わずか一日で落城したと言われています。箕輪門の坂下には戊辰戦争で戦った二本松少年隊と母親の群像が置かれ、その悲劇を今に伝えています。
 霞ヶ城 
c0094546_9542275.jpg

c0094546_16115771.jpg

 箕輪門  1982年(昭和57年)に再建された門。城下箕輪村の山中にあった樫の木で造られたのでこの名がつけられたそうです。
c0094546_1015268.jpg

c0094546_102420.jpg

 箕輪門から見た城内の赤松
c0094546_1023548.jpg

 城内から見た箕輪門
c0094546_1019155.jpg

 城内にある立派な松の木
c0094546_10301978.jpg

c0094546_10303838.jpg

 城内から見た二本松の街並
c0094546_10313673.jpg

 二本松少年隊と母親の群像  空城同然の二本松城で政府軍と勇敢に戦った13歳から17歳までの少年たちと我が子の出陣服に家紋を縫い付ける母親の群像です。
c0094546_1018346.jpg

c0094546_10141836.jpg

c0094546_10143881.jpg
c0094546_1014554.jpg

 二本松少年隊士「成田才次郎 戦死の地」  満開の紫陽花に囲まれて、雨中の路傍にひっそりと祀られていました。
c0094546_1028781.jpg

智恵子の生家  
明治19年(1886年)、福島県安達郡油井村字漆原(現・二本松市)の大きな造り酒屋の長女として生まれ、当時珍しい女流洋画家としての道を模索。1911年には創刊された雑誌「青鞜」の表紙絵を描くなど注目されるようになりました。1914年、高村光太郎と結婚(入籍は1933年)。結婚後、心労が多く精神を病み、1932年には自殺未遂。1938年、52歳で肺結核のため死去。彼女の死後、夫の光太郎が出版した詩集「知恵子抄」で夙に有名です。
 智恵子の生家
c0094546_11251813.jpg

c0094546_11264871.jpg
c0094546_1127076.jpg

 生家の屋内風景
c0094546_113079.jpg

c0094546_11302790.jpg

c0094546_1131291.jpg

 生家に残されて展示されている品々
  蓄音器
c0094546_1128185.jpg

  扇風機
c0094546_11285164.jpg

  糸紡ぎと機織り機
c0094546_1129261.jpg

 生家の庭
c0094546_11514141.jpg

 庭から見た生家
c0094546_11335997.jpg
 
 庭を見て「智恵子記念館」へ向かう
c0094546_11363436.jpg

智恵子記念館 
 智恵子が描いた油絵
c0094546_11373056.jpg

 「青鞜」の表紙絵
c0094546_11392527.jpg

 「智恵子抄」
c0094546_1140924.jpg

 智恵子が創作した切絵
c0094546_1152785.jpg

 ガクアジサイとクマバチ
c0094546_1245845.jpg

 ガクアジサイの花
c0094546_16164311.jpg

高湯温泉「旅館 玉子湯」  
慶長年間に自然湧出しているのを発見されて以来400年、温度、泉質供に変わることなく現在に至っているとのこと。庭園内にある「茅葺きの湯小屋」がシンボルで、明治元年の創業以来140年もの間そのままの姿をとどめているそうです。旅館内には、その他「女性専用風呂」、「露天風呂」、「足湯」などが渓流に沿って設備されています。
 雨の中に佇む湯小屋  旅館に到着直後、二階の部屋から撮影した茅葺き屋根の湯小屋の風景です。
c0094546_123549.jpg

 雨上がりの湯小屋
c0094546_1213211.jpg

c0094546_1215426.jpg

 西日射す湯小屋  しばらくすると雨が上がり、西日がさしてきました。その時、シャッターを切った写真です。
c0094546_126661.jpg

c0094546_12114571.jpg

 玉子湯の源泉  水も熱も全く加えず、自然のままの「源泉掛け流し」を守るため、長い樋などを駆使し温度を下げ、温泉の温度コントロールを行っているようです。泉質は『硫黄泉』で、これぞ温泉と言える良質なものでした。
c0094546_12154479.jpg
c0094546_12155648.jpg

玉子湯で見つけた樹木の花
 ヤマボウシの白い花
c0094546_16145717.jpg

 雨に濡れたリョウブの葉と花
c0094546_16155121.jpg

玉子湯の茅葺き屋根の湯小屋
c0094546_16204810.jpg

c0094546_1621147.jpg

夕食時に飲んだ玉子湯ビールのオリジナルラベル
c0094546_12484986.jpg

湯小屋の夜景
c0094546_12492392.jpg

6月23日(月)  玉子湯を出発して、磐梯吾妻スカイラインで浄土平に行き、その後裏磐梯・五色沼に向かいました。
早朝の玉子湯風景
 露天風呂の早朝風景  露天風呂は6時から使用開始なので、その前に行き早朝の露天風呂の風景を撮影してきました。朝日を反射して煌めく湯面も印象的でした!
c0094546_12585792.jpg
c0094546_12591636.jpg

c0094546_1726350.jpg

c0094546_134294.jpg
c0094546_1344425.jpg

 足湯を終えて旅館に戻る観光客
c0094546_17364689.jpg

 足湯付近で見つけた木漏れ日の風景
c0094546_17374571.jpg
c0094546_173758100.jpg

 足湯から眺めた露天風呂用の湯小屋
c0094546_17243011.jpg

 朝の湯小屋
c0094546_17422933.jpg
c0094546_17425054.jpg
c0094546_1743186.jpg

高湯温泉「旅館 玉子湯」の看板と建物
c0094546_17471766.jpg

つばくろ谷  浄土平に向かう途中、つばくろ谷に立ち寄りました。
 つばくろ谷に架かる新不動沢橋
c0094546_17504091.jpg

 旧不動沢橋  1959年に造られ、2000年に老朽化のため撤去された橋のモニュメント
c0094546_1756197.jpg
c0094546_17564088.jpg

 新不動沢橋から見た信夫山など福島市街風景
c0094546_1945960.jpg

浄土平、吾妻小富士
 浄土平レストハウスから見た風景
c0094546_1984514.jpg

 山腹から噴き出す噴煙
c0094546_199509.jpg

 吾妻小富士の標識
c0094546_2095655.jpg

 吾妻小富士に登る観光客  吾妻小富士の高さは、1707mで、浄土平から簡単に登ることが出来ます。
c0094546_1911133.jpg

c0094546_19112767.jpg

 吾妻小富士のお釜  この山の噴火口には蔵王のような水が溜まっていません。
c0094546_19182647.jpg

 お釜の縁から見た景色  このお釜の縁を廻るのに約30分かかりました。上り坂は問題ないのですが、下り坂は小石で足が滑り、注意しながら散策しました。
c0094546_19585739.jpg

c0094546_1959954.jpg

c0094546_19595952.jpg
c0094546_2001453.jpg
c0094546_2002790.jpg

 お釜の縁を飼主と散歩する犬
c0094546_207825.jpg
c0094546_2071681.jpg
c0094546_2072533.jpg
c0094546_2073218.jpg

 お釜の縁で見つけたミヤマハンミョウ  平地で見る美しいハンミョウではなく、地味な色合いをしています。
c0094546_2034636.jpg

 吾妻小富士から見た磐梯吾妻スカイライン
c0094546_2051170.jpg

 噴煙と霧が流れる風景
c0094546_23222059.jpg

浄土平から裏磐梯・五色沼へ向かう途中の風景
「双龍の辻」からの眺望  ここから眺めると、右手には磐梯山、左手には安達太良山を見ることが出来ます。
 磐梯山
c0094546_23244074.jpg

 安達太良山
c0094546_23284211.jpg

「天風台」からの眺望
 緑の森林の中に見える滝  この辺り一帯は、ブナの原生林が広がり雄大な景色を眺めることが出来ます。
c0094546_23303458.jpg

 路傍に咲いていたタニウツギの花  磐梯・吾妻スカイラインの道路脇には沢山のタニウツギが生えており、大いに楽しむことができました。
c0094546_23312066.jpg

手打ち蕎麦屋「ふじ田」  この蕎麦屋で、遅い昼食を摂りました。
 「ふじ田」の建物
c0094546_23341915.jpg

 蕎麦屋のマスコット「猫」と蕎麦
c0094546_9313551.jpg

 蕎麦屋の内部装飾
c0094546_9321677.jpg

 蕎麦屋の前庭の風景
c0094546_1659411.jpg

 前庭に咲いていた花々
  芍薬の花
c0094546_23352175.jpg

  ピンク色のヤマボウシの花  この他、白いヤマボウシやミヤコワスレなども植えられていました。
c0094546_23365846.jpg

裏磐梯・五色沼
磐梯山  日本百名山の1つで、2011年には日本ジオパークに認定されました。明治21年7月15日の水蒸気爆発による噴火時に、小磐梯が山体崩壊を起こし477人もの死者が出たと言われています。その時の山体崩壊で長瀬川とその支流がせき止められ、桧原湖、小野川湖、秋元湖、五色沼をはじめ大小様々な湖沼が形成されたそうです。

五色沼  磐梯山の噴火による山体崩壊で出来た五色沼の主要な沼は、毘沙門沼、赤沼、みどろ沼、竜沼、弁天沼、るり沼、青沼、柳沼などです。毘沙門沼から入り、一気呵成に全ての沼を見る予定でしたが、時間的に無理があることが判り、毘沙門沼を見た後、反対側の柳沼の方から散策することにしました。
毘沙門沼
 毘沙門沼付近に咲いていた白いハマナスの花
c0094546_9345693.jpg

 毘沙門沼から見た磐梯山
c0094546_940135.jpg
c0094546_9403032.jpg
c0094546_9404615.jpg
c0094546_941789.jpg

 毘沙門沼の錦鯉
c0094546_9441595.jpg

 毘沙門沼の底に沈んだ樹枝
c0094546_9455738.jpg

 水面に映り込む枯れ枝
c0094546_9463743.jpg

 木の葉に映る影
c0094546_9485145.jpg

 石に映る薔薇の影
c0094546_949433.jpg

 毘沙門沼の貸しボート場
c0094546_17213410.jpg

毘沙門沼の散策を終え、宿泊先「星野リゾート 裏磐梯ホテル」に車を走らせました。ホテルから五色沼まで非常に近いことが判ったからです。
ホテルの建物および駐車場
c0094546_10156100.jpg

ホテルの庭から見た磐梯山
c0094546_103215.jpg

ホテルでひと休みした後、五色沼散策に出掛けました。
五色沼散策
 磐梯山の噴火と五色沼に関する案内板  柳沼の入口に建てられた磐梯山の噴火状況と五色沼のでき方、赤松の植林に努力した人などの説明文です。
c0094546_175137.jpg

c0094546_1753649.jpg

 柳沼  ホテルから5分程度で到着した最初の沼です。紅葉の季節に写真仲間と一緒に訪れた記憶がよみがえりました。
c0094546_1071148.jpg
c0094546_107266.jpg

 柳沼の傍にある小さな緑色の沼
c0094546_17121824.jpg

 青沼
c0094546_1081457.jpg

 るり沼  るり沼から磐梯山を望むことが出来ました。 この景色も一見の価値があると思いました。
c0094546_10931.jpg
c0094546_1091481.jpg
c0094546_1093775.jpg

 青沼に流れ込む水  るり沼から流れ出た水は、小さな滝になって青沼に流れ落ちています。るり沼側の水路にはこのような苔がびっしり生えていました。
c0094546_17161256.jpg

 弁天沼に流れ込む水  鉄分を含んだ水が流れ込んでいるようで、水路は赤茶けた錆色になっていました。
c0094546_17175515.jpg

 弁天沼  るり沼のすぐ先に比較的大きな沼が拡がっていました。最初、私だけ見に行ったのですが、見る価値があると思い、姉と女房を連れて行きました。
c0094546_10152759.jpg
c0094546_10155178.jpg
c0094546_1016580.jpg
c0094546_10161761.jpg

ホテルに戻る途中で撮影した野の花
 黄菖蒲  柳沼の畔で撮影したものです。
c0094546_10182726.jpg

 ツルデマリの白い花  枝は蔓状になり、気根で他の木に絡みついて伸び、ガクアジサイのような花が咲きます。
c0094546_1022124.jpg

 ショウマの仲間の花
c0094546_1764734.jpg

 ハナニガナ
c0094546_10252458.jpg

ホテルに戻った後、ウエルカム・ドリンクをホテルの前庭で頂きました。天気も良く、磐梯山を仰ぎ見ながら美味しく頂きました。最高! 最高!!
夕食は、バイキングでしたが、目の前で料理してくれるスタイルで、いずれも美味しく申し分ない食事内容でした。

       以上で 「2014年 福島の旅(1)」 を終わります。 引き続き 「2014年 福島の旅(2)」をご覧ください。 

by mda-vinci | 2014-07-02 08:02 | 国内旅行・散策
2014年 07月 01日

2014年 福島旅行(2)

  引き続き 「2014年 福島旅行(2)」をご覧ください。

6月24日(火)  裏磐梯を出発し、会津若松に向かいます。 会津藩校「日新館」、鶴ヶ城、飯盛山「白虎隊」の足跡を辿ります。
ホテルの朝食  桧原湖を見ながら屋外で食事をするコースを予約しました。 天候にも恵まれ、爽快な気持ちで朝食を摂ることが出来ました。
部屋から見た朝食会場
c0094546_11322910.jpg

朝食テーブルから見た桧原湖
c0094546_22571538.jpg

ホテルの売店で見つけた福島の工芸品「赤べこ」と「起き上がり小法師」
c0094546_11371845.jpg
c0094546_11372666.jpg

ホテルの庭から見た朝の磐梯山
c0094546_11381861.jpg

可哀そうな燕  ホテルの軒下にかけていた巣を落とされて、その後に再度巣を作ろうとしている?ツバメを数羽見つけました。 その中の一羽のツバメです。
c0094546_11402132.jpg

まず、会津藩校「日新館」に向かいました。何度も会津には来ていますが、どう言う訳か「日新館」を訪問したことはありませんでした。どんなところか興味津々でしたが、藩校の規模としては極めて大きく、本当に吃驚しました。
日新館に行く途中の風景  車窓から撮影したものです。
磐梯山の爆裂墳口  ここから見る磐梯山は、爆発の凄まじさを如実に物語っています。山体崩壊の爪痕をリアルに感じ取ることが出来るスポットです。
 爆裂噴口の説明文
c0094546_9572122.jpg

 山体崩壊の風景
c0094546_2258591.jpg

c0094546_22591743.jpg

「やすらぎの郷 会津村」の入場門  この敷地は、宗教法人法國寺別院で会津観音霊場・パワースポットとして信仰を集めているとのこと。6万坪の大庭園があることでも知られています。
c0094546_1157243.jpg

会津慈母大観音像  会津若松に向かう道路上からも空に聳える大観音像が目に飛び込んできます。身長は57mあるそうです。
c0094546_1213637.jpg

会津藩校「日新館」  
享和3年(1803年)人材育成のために設立された藩校です。会津藩士の子弟は10歳になると入学し、文武両道を学んだところ。多くの優秀な人材を輩出、白虎隊士もここで学んだといわれています。日新館は、鶴ヶ城のすぐ近くにありましたが、復元時、広い敷地が必要なため、この場所に移されたそうです。
日新館入口に鎮座する中国風の狛犬
c0094546_185721.jpg

c0094546_18565437.jpg

山川健次郎の胸像  山川健次郎は、日新館出身の秀才で、東京帝国大学の総長にもなった人です。
c0094546_188138.jpg

日新館の案内図
c0094546_20415456.jpg

日新館の南門
c0094546_230230.jpg

南門から見た戟門と大成殿
c0094546_18123887.jpg

日新館の戟門
c0094546_18132672.jpg

戟門と大成殿の屋根に置かれた鯱と虎
c0094546_18165151.jpg

日新館・戟門の狛犬
c0094546_181745100.jpg

日新館の戟門にて  戟門に掲げられている「金聲玉振」は、「知恵と人格が備わっているようにすること。」だそうです。
c0094546_18184192.jpg

日新館の勉学風景
 日新館「東塾」の内部風景  会津藩士の子弟たちは、ここで学んだということです。
c0094546_20332161.jpg

c0094546_20334397.jpg

 白虎隊士の「井深茂太郎」、「西川勝太郎」の名前が見えます。
c0094546_18201899.jpg

c0094546_18204983.jpg

 白虎隊士の「飯沼貞吉」、「鈴木源吉」の姿があります。飯沼貞吉は、自刃した白虎隊士の中で、唯一人生き残った人物で、彼の証言で白虎隊の行動が詳らかになったと言われています。
c0094546_182129.jpg

 白虎隊士「篠田儀三郎」
c0094546_182113100.jpg

 腕相撲をする白虎隊士「安達藤三郎」と「間瀬源七郎」および食事中の「簗瀬勝三郎」です。
c0094546_18314593.jpg

 陣法の図上演習風景  演習をしているのは白虎隊士「酒井峰治」です。
c0094546_18555414.jpg

 刀の受け渡しの作法
c0094546_18212467.jpg

日新館の大学の建物内部風景  ここで日新館についての簡単な説明を受けることが出来ました。
c0094546_18385353.jpg

日新館の大学横の庭園
c0094546_18394056.jpg

大学の建物から大成殿への渡り廊下
c0094546_18413184.jpg

大成殿の建物
c0094546_20402963.jpg

大成殿の内部風景
c0094546_18422025.jpg
c0094546_18423040.jpg
c0094546_18424197.jpg

水練水馬池  この池で鎧兜を身に付けたまま泳ぐ練習をしていたそうです。
c0094546_204529100.jpg

木馬場  ここでは木馬を使って、馬術の練習をしていたそうです。
c0094546_196063.jpg

砲術場と天文台  武道場の外側にある砲術場です。奥に見えるのが天文台です。
c0094546_1931364.jpg

天文台からの眺望  ここで、天球儀等をおいて天体観測を実施していました。
c0094546_2057898.jpg

会津藩校「日新館」を見学した後、会津若松のシンボル「鶴ヶ城」を訪問しました。今回は、城の内部も見学しました。
鶴ヶ城  
会津藩主23万石の居城で、江戸初期の城主・加藤明成が改装し、白亜五層の天守閣にしたそうです。戊辰戦争では、激しい攻防戦を耐え抜いた名城として知られています。現在の城は、昭和40年に再建されたもので、天守閣には展望台もあり、市内を一望することができます。特に、白漆喰の外壁と赤瓦の天守閣が非常に印象的でした。
廊下橋  われわれは、二の丸跡の駐車場に車を止め、赤く塗られた廊下橋を渡り、城内に入りました。かっては、屋根のついた廊下造りだったそうで、この名がつけられたそうです。
c0094546_8331639.jpg

c0094546_2314299.jpg

廊下橋から見た内堀の風景
c0094546_2024371.jpg

石垣越しに見た鶴ヶ城
c0094546_8382248.jpg

本丸跡から見た鶴ヶ城
c0094546_8274189.jpg

c0094546_8385058.jpg

c0094546_839036.jpg

太鼓門の石垣越しに見た鶴ヶ城
c0094546_17554521.jpg

鶴ヶ城の鉄門  柱や扉の木の部分が鉄板で覆われているためこの名がつけられています。戊辰戦争で籠城した時、本陣が置かれたところだそうです。
c0094546_8424496.jpg

鶴ヶ城の鯱鉾  鱗には銀箔が貼られ、口と歯は純金、目はダイヤモンド製という絢爛豪華な施しがされているとのこと。
c0094546_17593420.jpg

天守閣への入口
c0094546_19658100.jpg

展望台からの眺望  天守閣最上層には展望台があり、会津市街地は勿論、白虎隊自刃の地「飯盛山」も見渡すことが出来ます。
 最上層の展望台
c0094546_18535936.jpg

 展望台から飯盛山を望む
c0094546_18544883.jpg

 展望台から見た会津市街地
c0094546_19371719.jpg

c0094546_19362960.jpg

天守閣の展示物
 伝統的玩具類  赤べこ、起き上がり小法師、舌を出した唐人凧(べろくん出し、日の出波)などが展示されていました。
c0094546_19453061.jpg

 絵ろうそくの製造工程および製品
c0094546_19484131.jpg
 
c0094546_1949754.jpg

 会津藩士が使った酒徳利  酒屋の玄関わきには小さな窓があり、買う人が顔を見られずにこの酒徳利で酒を買うことが出来たそうです。
c0094546_1957367.jpg

 歴代藩主とその家紋  最初の城主、葦名氏の先祖は、三浦半島からやってきた三浦一族の佐原義連と言われております。
c0094546_203444.jpg

鶴ヶ城稲荷神社  
約600年前にお城が出来た頃から守護神として祀られていたそうです。築城の縄張りを狐が教えたとの伝説があります。笠を被った狐の像が面白く、カメラに収めました。
 笠を被った狐がいる稲荷神社
c0094546_2021592.jpg

 笠を被った狐および狐の親子
c0094546_20214664.jpg

c0094546_20193814.jpg

会津のシンボル「鶴ヶ城」を見た後、白虎隊士の自刃の地「飯盛山」に向かいました。
飯盛山に設置されているスロープコンベアー  姉さんは少し脚力に自信がないようで、このコンベアーに乗って白虎隊士の墓に上りました。
c0094546_21481671.jpg

白虎観音像  白虎隊士の墓のある広場の片隅に建っていました。
c0094546_2152037.jpg

ローマ記念碑  イタリアの独裁者ムッソリーニは、日本の武士道を高く評価していた。白虎隊のエピソードを知って感動し、昭和3年にローマ市民の名においてこの記念碑を寄贈したそうです。この記念碑の柱はポンペイの遺跡からの発掘品だそうです。
c0094546_21593533.jpg
 
白虎隊の墓についての説明文
c0094546_9303089.jpg

白虎隊十九士の墓  
城が落ちたら忠義を尽くして潔く死のうと誓い合った隊士たち。自刃した隊士20名のうち、生き残った飯沼貞吉を除く19名が眠っているところです。日新館で勉学・訓練に励んでいた隊士たちのお墓も確認することが出来ました。
c0094546_9324758.jpg

c0094546_931972.jpg
c0094546_9312290.jpg
c0094546_9315240.jpg
c0094546_93265.jpg
c0094546_9321873.jpg

松平容保の歌碑  
白虎隊に思いを馳せ会津藩主が詠んだ歌が刻まれています。「幾人の涙は石にそそぐとも その名は世々に朽ちじとぞ思う」
c0094546_9501491.jpg

飯盛山から見た鶴ヶ城
c0094546_952122.jpg

さざえ堂 
 江戸時代後期に建立された六角三層の仏堂です。内部は上りと下りの階段が一度も交差しない不思議な構造で、参拝者がスムーズに参拝できるように設計されたようです。国指定の重要文化財になっています。名前は、栄螺に似た形状に由来するそうです。
 さざえ堂の外観
c0094546_10322910.jpg
c0094546_10324750.jpg
c0094546_1033498.jpg

 さざえ堂・正面の彫刻群
c0094546_10345974.jpg
c0094546_10351552.jpg
c0094546_10352741.jpg

 さざえ堂の内部
c0094546_2393816.jpg

c0094546_1037283.jpg
c0094546_10371377.jpg

 さざえ堂の高所から見た宇賀神堂  宇賀神堂は、17世紀後半に3代藩主・松平正容により弁財天像を本尊として建立されたもの。戊辰戦争後、白虎隊を祀り、フランス風の洋服姿の隊士たちの像が納められています。
c0094546_10432683.jpg

戸ノ口堰洞穴  猪苗代湖から水を引くために掘削された洞穴。戸ノ口原の戦で退却した白虎隊士たちは、鶴ヶ城を目指し、この洞穴を通って飯盛山に到着したといわれています。今も滔々と水が流れていました。
c0094546_10575771.jpg

洞穴の脇に祀られている戸ノ口堰水神社
c0094546_10591694.jpg

厳島神社  14世紀後半に建立された神社で、かっては宗像神社と言われていました。明治の神仏分離令によって、改名され「厳島神社」になったそうです。会津藩の歴代藩主たちから篤く信仰されてきた神社です。
c0094546_1110336.jpg

飯盛山の麓にある「白虎隊記念館」の付近で、白虎隊士ゆかりの銅像を見かけました。
フランス風の洋服姿の二人の白虎隊士
c0094546_11163393.jpg

愛犬クマと再会を喜びあう酒井峰治の像
c0094546_11184046.jpg

自刃した白虎隊士で唯一生き残った飯沼貞吉の説明文  仲間と自刃するも、奇跡的に生き残ったため、白虎隊の悲劇の詳細が後世に伝えられたのです。
c0094546_11252348.jpg

飯盛山の散策を終え、土産店で一服した後、家路に着きました。行きは東北自動車道を利用しましたが、帰りは磐越自動車道、常磐自動車道を走り、千葉の姉の家に寄り、夜遅く無事自宅に到着しました。
スワンのトンネル  磐越自動車道で見つけた白鳥姿の可愛らしいトンネルだったので、即シャッターを切りました。
c0094546_113954.jpg


      以上で、「2014年 福島旅行」を終了します。 今回も非常に楽しい旅でした! 「旅は素晴らしい!!!」

by mda-vinci | 2014-07-01 23:02 | 国内旅行・散策