ダヴィンチの旅行写真集

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カテゴリ:海外旅行( 79 )


2013年 09月 11日

ロシア・バルト三国旅行(1)

7月22日から12日間の海外旅行に出掛けました。今回の旅先は、ロシアとバルト三国です。どうしても一度は訪れたいと思っていた国々です。
今回の旅行スケジュールは、下記の通りですが、非常に楽しく今まで経験したことのないような面白い旅行でした。

《旅行スケジュール》
7月22日(月)  成田12時発 アエロフロート・ロシア航空(SU-263)  約10時間でモスクワに到着。 「イノス・コングレス」ホテルに宿泊。
7月23日(火)  午前中、モスクワ観光(赤の広場、聖ワシリー寺院、グム百貨店、トレチャコフ美術館など)
           午後、世界遺産 クレムリン観光(クレムリン観光(武器庫、ダイヤモンド庫、ウスペンスキー寺院など)
            夜、 空路(SU-2108)、リトアニア・ヴィリニュスへ  夜中にホテルに到着。 「サルナス」ホテルに宿泊。
7月24日(水)  午前中、 世界遺産 ヴィリニュス観光(聖ペテロ・パウロ教会、大聖堂、ヴィリニュス大学、聖アンナ教会など)
           昼食後、 トゥラカイ城を見学後、バスでカウナスへ。 到着後カウナス観光(旧日本領事館、カウナス城、旧市庁舎など)
           「ベストウェスタン・サンタコス」ホテルに宿泊。
7月25日(木)  リトアニア・カウナスを出発し、ラトヴィアの首都「リーガ」に向かいました。
           途中、リトアニアのシャウレイにある「十字架の丘」およびラトヴィアのバウスカにある「ルンダーレ宮殿」を訪れました。
           「ラディソンBLUダウガヴァ」ホテルに宿泊。
7月26日(金)  世界遺産 リーガ歴史地区観光(大聖堂、聖ペトロ教会、スウェーデン門、ブラックヘッドのギルド、三人兄弟、火薬塔など)
           午後は自由行動で、リーガの世界遺産を心行くまで見て廻りました。ユーゲントシュティール建築の数々を堪能しました。
           「「ラディソンBLUダウガヴァ」ホテルに連泊。
7月27日(土)  ラトヴィア・リーガを出発して、エストニア・パルヌに向かいました。
           到着後、パルヌを見学した後、タリンを目指しました。 「メリトン・グランドタリン」ホテルに宿泊。
7月28日(日)  世界遺産 タリン観光(トームペア城、旧市庁舎、アレキサンドルネフスキー聖堂、ラエコヤ広場、大聖堂、聖ニコライ教会)
           午後は自由行動で、タリンの観光地をゆっくり巡りました。今回は、二度のオプショナル・ツアーには参加しませんでした。
           「メリトン・グランドタリン」ホテルに連泊。
7月29日(月)  エストニアに別れを告げ、ロシア・サンクトペテルブルグに向かいました。途中、国境にあるナルヴァ城を訪問しました。
           「ホリディイン・モスコースキーヴァロータ」ホテルに宿泊。
7月30日(火)  エルミタージュ美術館(約5時間鑑賞)、世界遺産 サンクトペテルブルグ観光(地の上の教会、聖イサク寺院など)
           夕方、ニコライ宮殿でディナーを摂った後、フォークロアショーを楽しみました。
           「ホリディイン・モスコースキーヴァロータ」ホテルに連泊。
7月31日(水)  水中翼船に乗って、ペテルゴフへ。 到着後、ピョートル大帝の夏の宮殿・庭園を散策しました。観光後、プーシキンへ。
           到着後、エカテリーナ宮殿を見学。 サンクトペテルブルグへ戻り、オストロフスキー広場など散策。
           夕食後、アレクサンドリンスキー劇場でバレー「白鳥の湖」を観賞しました。
           「ホリディイン・モスコースキーヴァロータ」ホテルに3連泊。
8月1日(木)   ポクロフスキー寺院を観光後、サンクトペテルブルグ空港へ。
           サンクトペテルブルグから空路モスクワへ。 
           20時、モスクワ発SU-260で空路、帰国の途へ
8月2日(金)   10時30分頃、成田国際空港へ無事到着。

《写真集》
7月22日(月)
アエロフロート・ロシア航空の乗務員たち
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機内で出されたコカコーラ  2014年開催予定の冬季ソチ五輪のIOC認定商標が表示されていました。
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機窓より撮影した様々な雲
 垂直に立ちあがった「盃」型の雲が印象的でした。
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 モクモクと湧きあがる入道雲
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 顔の形をした巨大な雲 
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 ロシアの大地に点々と浮かぶ雲
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 平らな雲の上に顔を出している雲の塊 
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機窓から眺めたモスクワ郊外の風景
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モスクワに到着したアエロフロート・ロシア航空の機体
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モスクワ空港のユニークな巨大天蓋
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宿泊したホテル「イリス・コングレス」
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ホテル近くのスーパーマーケット
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ホテル近傍のアパート前で見つけたナナカマドの実とアジサイの花
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8月23日(火)  モスクワ観光後、リトアニア・ヴェリニュスに向かいました。
車窓から見たモスクワのモダーン・ビルディング
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車窓から見たスターリン・クラシック様式の建築とトロリーバス
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救世主キリスト聖堂
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トレチャコフ美術館  モスクワで最初に訪問した場所が本美術館でした。
 外観風景
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 展示絵画
  「イワン雷帝とその息子イワン」  イリヤ・レーピン 
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  「ムソルグスキーの肖像」  イリヤ・レーピン
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  「戦争の結末」  ワシリー・ヴァレンシチャーギン
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  「英雄たち」  ヴィクトル・ヴァスネツォフ
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  「ドストエフスキーの肖像」  ペローフ
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  「見知らぬ女」  クラムスコイ
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  イコンの展示室
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  ミハイル・ヴルーベリの部屋
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美術館を観賞後、「赤の広場」へ向かいました。
モスクワ川に架かる橋と噴水
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橋上に造られた「恋成就の鍵」のモニュメント
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モスクワ川越しに見たクレムリン内の聖堂群  左側からブラゴヴェシチェンスキー聖堂、アルハンゲルスキー聖堂、イワン大帝の鐘楼です。
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ポクロフスキー聖堂(聖ワシリー寺院)
ロシアの聖堂の中でもっと有名な聖堂。赤の広場の南側に建つ大聖堂で、対モンゴルの戦勝を記念して、イワン雷帝が1560年に建てたと言われています。中央の高さ46mの塔をはじめ、合計9つの玉葱のようなドームが取り付けられています。この建物を設計したポストニクとバルマの二人の目を、二度とこのような美しい建物が出来ないように、イワン雷帝がくり抜いたと言われています。

聖ワシリー寺院  一般的には、イワン雷帝に大きな影響を与えたワシリー修道士に因み「ワシリー寺院」と呼ばれています。
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聖堂前に建つミーニンとポジャルスキーの像  1612年、モスクワをポーランド軍から解放した英雄の像だそうです。
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赤の広場  ソ連時代にはメーデーと革命記念日に軍事パレードが行われた広場ですが、本来の意味は「美しい広場」だそうです。
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レーニン廟  赤の広場の真正面に位置し、レーニンを永久保存するための記念堂です。ソ連崩壊後、廃止すべきとの意見が強かったが、反対論も根強く、現在も赤の広場のシンボルとして残されています。
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スパスカヤ塔  クレムリンの公用門で、大統領もこの塔の下を通るとそうです。
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国立歴史博物館  赤の広場に面して建つモスクワを代表する博物館で、1872年にアレクサンドル2世の命によって建てられたものです。
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赤の広場から見た国立歴史博物館、クレムリン、グム百貨店  赤の広場の一角は、様々な花で美しく飾られていました。
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グム百貨店  赤の広場に面して反対側に建つ、立派な百貨店です。1921年、レーニンの命により開設されたそうです。現在は、ソ連時代の面影はなく、有名外資系ブランド店やお土産店が並び、観光客で溢れています。建物の壁き飾られているモザイク画も印象的うでした。
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昼食のためバスで移動中に車窓から撮影した写真
 ボリショイ劇場  2011年に待望のリニューアル・オープンを果たしたオペラ・バレエの殿堂です。
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昼食後、クレムリン観光に出掛けました。入場するため、かなりの間ボロヴィツカヤ塔の観光入口の前で、列を作って並びました。
クタフィヤ塔とトロイツカヤ塔  この場所が、観光後の出口になりました。
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ひと休みしていた女の子たち  写真を撮っているのが判り、Vサインでポーズをとってくれました。
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ボロヴィツカヤ塔近傍から見たクレムリンの城壁
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城壁散策時、ふざけたポーズの女の子
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クレムリン内の風景
 ボロヴィツカヤ塔と武器庫とダイヤモンド庫
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 クレムリンのこの辺りから眺めた外の風景
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 大クレムリン宮殿
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 ブラゴヴェシチェンスキー聖堂  イワン雷帝の命により1484~1489年にモスクワとプスコーフの名匠たちによって建てられた聖堂で、クレムリン内では最もロシア色の強い教会と言われています。
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 イワン大帝の鐘楼  イワン雷帝の頃、モスクワにはこれ以上高い建物は建てられなかった。鐘楼の高さは、81mです。実に美しいですね。
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 ウスペンスキー大聖堂  クレムリンの中心に建つ大聖堂で、かってはロシア帝国の国教大聖堂として、ロシア皇帝が戴冠式に臨み、モスクワ総主教が葬儀に付された場所だそうです。
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 ウスペンスキー大聖堂とパトリアーシェ宮殿
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 アルハンゲルスキー聖堂  大天使アルハンゲル・ミハイルを祀った教会で、歴代のロシア皇帝の墓所になっています。
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 グラノヴィターヤ宮殿  主玄関を装飾する石が多面形のため、「グラノヴィターヤ(多面)」と名付けられた宮殿で、クレムリンに現存するイワン大帝時代の建築物としては、教会を除けば唯一のものだそうです。
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 「鐘の皇帝」  1733~1735年にミハイル親子によって作られたもので、高さ6.14m、重さ200トンの世界最大の巨大な鐘です。未完成の鐘で、表面にはロマノフ王朝の面々が描かれています。
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 「大砲の皇帝」 1586年にアンドレイ・チョホフによって鋳造されたブロンズ製の大砲で、口径890mm、重量40トン。当時としては世界最大の口径を誇っていたそうです。
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 クレムリンに植えられた白樺の樹
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 トロイツカヤ塔の出口の警備兵
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 トロイツカヤ塔
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クレムリンの外から見た大クレムリン宮殿
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クレムリン観光後、モスクワ空港からリトアニア・ヴィリニュスに向かいました。
 モスクワ空港の建屋のガラスに映った空
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 モスクワ空港の時刻表
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リトアニア・ヴェリニュスの空港
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真夜中の街を歩く若者たち  ホテルに向かう途中で見た光景
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   「ロシア・バルト三国旅行(1)」を終わります。 引き続き「ロシア・バルト三国旅行(2)」をご覧ください。

by mda-vinci | 2013-09-11 09:43 | 海外旅行
2013年 04月 30日

ポルトガル旅行(5)

引き続き ポルトガル旅行(5) をご覧ください。

3月22日  リスボンの下町を散策し、路地の生活風景を撮影しました。
リスボンの下町風景
老犬と石段の路地裏風景  老犬が石段を上ろうと何度もトライしましたが失敗し、結局諦めてしまいました。
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石段を上って来たご婦人  中国趣味の服を着たご婦人が石段を上ってきました。石段の上には子供たちが遊んでいました。
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路地裏の石畳で水道修理をする人たち  石畳は噴き出した水でびっしょり濡れていました。
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路地で落とし物を拾おうとしている若い女性
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路地裏の2階のベランダで洗濯物を干している女の人
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洗濯物が干されている路地裏  家の扉の前に座っている人たちが非常に印象的でした。
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石畳を駆けてくる犬とその飼い主
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石段を上下する人たち  石段の横の住宅の壁などは、びっしりアズレージョで飾られていました。
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昼食後、我々はオプショナル・ツアーに参加し、クリストレイとシントラにあるぺーナ宮殿を訪れました。
クリストレイ  テージョ川の南岸に、高さ約110mの巨大なキリスト像があります。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロにある有名なキリスト像を模して1959年に完成したものだそうです。台座の中に通っているエレベーターでキリストの足元の展望台まで上ることが出来ます。

両手を広げて立つ巨大なキリスト像  台座の真下から撮影した高さ28mのキリスト像です。
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クリストレイの全体像
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展望台からの眺望
 眼下に見える「4月25日橋」  テージョ川の向こう岸がリスボンの旧市街地です。
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 ベレンの塔  岸側からは見ることの出来ない塔の姿を見ることが出来ました。
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 発見のモニュメント
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 はるか彼方に見えるヴァスコ・ダ・ガマ橋  この橋は、1998年に完成した全長17.2kmの欧州で最も長い橋です。望遠レンズで撮影しました。
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 眼下に見える軍港と艦船
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 クリストレイの広場で記念写真を撮っていた母と娘
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クリストレイを見学した後、4月25日橋を渡り、シントラにあるペーナ宮殿に向かいました。
バスで通過中にフロントガラス越しに見た4月25日橋
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行く途中でカメラに収めた水道橋
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シントラのペーナ宮殿到着前に岩山の上に残るムーア城跡  7~8世紀にムーア人によって築かれた城ですが、現在は廃墟になっています。
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ペーナ宮殿に到着。専用のバスに乗り換えてペーナ宮殿に向かいました。
ペーナ宮殿  標高529mの山頂に建つ宮殿です。ドイツの有名なノイシュヴァンシュタイン城を建築したルートヴィヒ2世の従弟にあたるフェルディナント2世が造らせ、1885年に完成しました。イスラム、ゴシック、ルネッサンス、マヌエルなど各様式を寄せ集めですが、奇妙な魅力を感じました。

入城門付近から見たペーナ宮殿
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坂を上った処から見たペーナ宮殿の建物
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坂上から見た城壁および入城門付近の風景
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大きな岩石の上に建てられた宮殿
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ペーナ宮殿から見たムーア城跡とシントラの街並  遠くに大西洋を望むことが出来ました。
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アズレージョで飾られた建物
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この建物の門に掲げられた不思議な姿をした彫刻  怖い顔をして両足が鱗で覆われている奇妙な生き物
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この門を潜る人たち
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宮殿の回廊と中庭
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中庭に置かれたオオシャコガイの植木鉢 
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宮殿内部の室内装飾
 洒落た天井飾りのある部屋
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 絢爛豪華な天井飾りのある部屋
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 イスラム風の幾何学模様とシャンデリアのある部屋
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 種々の鹿の剥製が飾られている部屋
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 ヘラジカの剥製
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 ステンドグラス
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ステンドグラスの床への映り込み  床に投影されたステンドグラスの影が実に素敵でした。
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各種展示の間  ステンドグラスやアズレージョなどが種々展示されていました。
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 ステンドグラス
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 アズレージョ
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 壁一面に飾られた各種彫刻群
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日常の台所用品  
 鍋などの台所用品が所狭しと並べられていました
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 様々なケーキの型が集められ、展示されていました。
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入城門付近に咲いていた君子蘭の花
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3月23日  早朝起床し、帰国の途につきます。リスボン空港からパリ国際空港へ、パリで乗り継ぎ成田国際空港へ
リスボン空港
 2種類の面白い看板をカメラに収めました。
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パリ国際空港
 待合室での様々な時間の過ごし方をスナップしてみました。
  カード遊びに興じているフランス人の姉妹  父親の了解を得て撮影しました。
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  可愛い3人姉妹のそれぞれの表情
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  真剣な話し合い、のんびりリラックス
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  椅子に座って足を伸ばし、ひとりゆったり
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  フロアを走り回る子供
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  気持ちのいいブースでゆったり、のんびり寛いで
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  車座になっての話し合い
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  二人だけの会話
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  二人の記念写真
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パリ国際空港 13時35分発 エール・フランスAF-0276 で帰国の途へ  
所要時間:約11時間45分 で成田国際空港に到着しました。満開の桜が、我々の帰国を歓迎してくれているようでした。
以上で、ポルトガル旅行 の本ブログを終了します。 最後までご覧頂き本当にありがとうございました。 感謝! 感謝!! 感謝!!!

by mda-vinci | 2013-04-30 10:34 | 海外旅行
2013年 04月 29日

ポルトガル旅行(4)

引き続き ポルトガル旅行(4) をご覧ください。

3月21日  ロカ岬を後に、カスカイスの『地獄の口』に向かいました。
地獄の口  カスカイスの町から2kmくらいの所にある岩礁で、30mの断崖に大西洋の荒波が打ち寄せ、洞穴ができたところです。

 大西洋の荒波が打ち寄せる洞穴の外部風景
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 洞穴の内部風景  洞穴の内側から撮った波飛沫です。
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断崖の上に広がる岩石群
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荒波が打ち寄せる断崖の風景
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岩に寄せ、砕け散る波飛沫と流れ落ちる海水  特に、岩の表面を流れ落ちる水の姿が美しく魅せられますね
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リスボンに到着。夕食後、オプショナルで『ファド・ショー』に参加し、ポルトガル人の心の歌「ファド」を聴きに行きました。

ファド  人生の喜びや悲しみ、郷愁の想いなどを奏でる心の歌で、我が国の演歌に似た性格のものと言えるでしょう。19世紀にリスボンの下町で歌いだされ、社会の底辺にいる貧しい人たちが親しむ大衆的な音楽だったようです。日々の辛い生活の中、ひと時の娯楽としてファドを聴き、仲間ともに歌ったものでしょう。 
リスボンのファドは、おもに女性の心情を歌います。一方、大学の町「コインブラ」のファドは男性の歌で、もともとは男子学生が愛する女性に捧げたセレナーデだったそうです。今でもコインブラの大学生の間で受け継がれているそうです。

 
ファドを聴きに行った店
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最初に披露されたポルトガルの民俗舞踊
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2番目は、男性歌手が歌うファド  熱唱、また熱唱の素晴らしい歌声でした。
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3番目に女性歌手が登場!  こちらも見事な歌声を聴かせてくれました。
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ポルトガル・ギターとクラシック・ギターの演奏者たち
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4番目は別のポルトガル民俗舞踊
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5番目は通称「ポルトガルの淡谷のり子」と言われる女性歌手  口を一杯に開けて歌う姿は迫力満点でした。
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最後に披露された3人でのファド合唱  
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ファド・ショーが終わって外へ出ると、雨が激しく降っていました。

ホテルへ戻るバスのフロントガラス越しに撮った風景  雨に濡れたフロントガラス越しに見た自動車や外灯は非常に幻想的でした。
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3月22日  今日はリスボンの市街観光とオプショナル・ツアーで「クリストレイ」と世界遺産「シントラ・ペーナ宮殿」を訪れます。
リスボン  大西洋に注ぐテージョ川の河口から約12km上流に位置し、人口約48万人、近郊を含めると約240万人のポルトガルの首都です。 「7つの丘の街」と呼ばれる起伏の激しい土地で、ギリシャ神話の英雄オデュッセウスによって築かれたと言う伝説があります。

ベレン地区  リスボン中心部からテージョ川沿いに6kmほど西にある地区で、大航海時代を象徴する建築物やモニュメントが残されており、世界遺産に登録されています。この地区では、ベレンの塔、発見のモニュメント、シジェロニモス修道院を訪問しました。

ベレンの塔  船乗りたちを見送り、出迎えてきた建物です。マヌエル1世の命により1515年に着工し、1520年に完成した塔です。
 波の打ち寄せるマヌエル様式の優雅な塔  この塔は河口を守る要塞として造られましたが、後に税関や燈台としても使われました。
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 貴婦人のドレスの裾  司馬遼太郎は、貴婦人がドレスの裾を広げている姿に喩え「テージョ川の貴婦人」と表現しています。
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 ベレンの塔の上部構造
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 優雅なテラス  マルタ十字がデザインされたテラスが印象的でした。
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 マヌエル様式の出窓  縛られているロープの模様がはっきりと分りますね。
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若さ弾ける!  ベレンの塔をバックに記念写真を撮ろうとしている若い女性たちの思い思いのポーズです。
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昔の飛行機越しに見たベレンの塔
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発見のモニュメント  1960年にエンリケ航海王子の500回忌を記念して造られたもので、帆船をモチーフとし、船の舳先にエンリケ航海王子が立ち、その後にヴァスコ・ダ・ガマ、マゼラン、フランシスコ・ザビエル等この時代に活躍した人々がつづきます。
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舳先からエンリケ航海王子、アフォンソ5世、ヴァスコ・ダ・ガマの3人の像  大航海時代の立役者:エンリケ航海王子、アフリカ・ポルトガル帝国を形成したアフォンソ5世、インド航路を開拓したヴァスコ・ダ・ガマの像です。
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マゼランの像  初の世界一周を達成したフェルナン・デ・マガリャインス(マゼラン)の像です。
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フランシスコ・ザビエルの像  わが国で最も有名なポルトガル人のイエズス会の宣教師です。1549年に日本にやってきました。
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反対側に刻まれた人々と波模様の石畳
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発見のモニュメントと遠方に見える4月25日橋
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強風に髪靡かせて  発見のモニュメントを見学後、バスに戻る若い女性たちをスナップしました。
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ジェロニモス修道院  エンリケ航海王子とヴァスコ・ダ・ガマの偉業を称え、マヌエル1世が1502年に着工したマヌエル様式の壮麗な修道院です。

 バスのフロントガラスに映り込む修道院  バスの運転手と映り込んだ修道院とが不思議な映像を創り出しています。
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 ジェロニモス修道院の建物
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 南門の彫刻群  聖母マリア像を中心に、24人の聖人や高位聖職者たちの像が刻まれています。
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 南門の聖ジェロニモスの生涯を彫ったレリーフ
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 ヴァスコ・ダ・ガマの棺
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 聖歌隊席から見た修道院内部の様子
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 修道院の回廊  55m四方の中庭を囲む回廊は、ロープや珊瑚など大航海時代を象徴するモチーフで飾られ、マヌエル様式の最高傑作です。
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 中庭で記念写真のポーズをとっている女性たち
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 サンタ・マリア教会のステンドグラス
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 教会の天井構造  ヤシの木を模したといわれる構造ですが、複雑に交差するリブが荘厳な空間を演出していました。
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 教会の内陣  王家の霊廟で、祭壇の向かって左側にはマヌエル1世と王妃マリア、右側に息子のジョアン3世と王妃カタリナの棺があります。
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 修道院の食堂  建設当時は修道士の共同室として使われていたそうです。奥の壁に聖ジェロニモスを描いた絵が飾られています。
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 食堂のアズレージョ  このアズレージョは、18世紀に造られたものだそうです。
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バスの窓に映り込んだジェロニモス修道院
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修道院の横の広場で立ち話をしている人たち  立ち話中、犬がおとなしく待っていました。
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市街観光  バスに乗ったままで、リスボンの名所を見て廻りました。これらの写真は、走行中のバスの車窓から撮影したものです。

 4月25日橋とクリストレイのキリスト像
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 バイシャ周辺の風景
  くちばしの家  1522年に第2代インド総督の息子によって建てられた邸宅です。鳥の嘴のような尖った石で覆われているのが判ります。
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  サンタ・ジュスタのエレベーター  20世紀初頭にエッフェルの弟子が造ったものです。高さ45mの鉄塔内部にエレベーターが上下します。エレベーターの上には連絡橋があり、上部地区に行くことが出来るようになっています。
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  街中で見つけたケーブルカー
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  街中を走るバスと路面電車のレール
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 リベルダーデ通り周辺の風景
  リベルダーデ通りのプラタナスの並木とポンバル侯爵の像  後ろに見えるのがエドゥアルド7世公園です。
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  ポンバル侯爵の像  彼はジョゼ1世の宰相を務めたポルトガルを代表する18世紀の政治家だそうです。ライオンを従えて立っています。
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  台座に彫られた彫刻群 
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  リベルダーデ通りの石畳  白と黒の2色の手づくりの石で描かれている石畳は実に美しい!
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エドゥアルド7世公園の展望台  バスで展望台まで移動した後、車を降りました。

 展望台からの眺望  遠くにテージョ川を望むことが出来ました。
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 展望台に造られたモニュメント
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 エドゥアルド7世公園の両側にある石畳  子供連れの家族が緩やかな石畳の坂をのぼって来ました。
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 石畳の坂を上って展望台に来た若い女性たち  これらの女性は5人とも、全員サングラスをかけていました。
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 展望台近くにある公園の噴水  水面を白鳥が泳いで来ました。
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 噴水で遊ぶ鳥たち
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これで ポルトガル旅行(4) を終わります。 引き続き ポルトガル旅行(5) をご覧ください。

by mda-vinci | 2013-04-29 08:43 | 海外旅行
2013年 04月 26日

ポルトガル旅行(3)

引き続き ポルトガル旅行(3) をご覧ください。

3月20日  本日の最後の目的地である漁師町「ナザレ」に向かいました。
ナザレ  8世紀に西ゴート王ロドリコがロマノという僧を供にこの地までやって来た時、彼が携えていたマリア像がイスラエルのナザレのものだったことに由来するそうです。
ナザレの町は、長い砂浜を持つプライア地区、崖上のシティオ地区、東側の丘にあるぺディネイラ地区の3つから成り立っています。
ナザレに到着後、まず最初に崖上にあるシティオ地区を訪れました。この展望台からの眺望は最高でした。

崖上の展望台からの見たプライア地区  白い砂浜と紺碧の大西洋の海が眼下に広がり素晴らしい眺望でした。
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メモリア礼拝堂  1182年、城主が霧の深い朝狩りに出掛けた時、崖上から落下する一歩手前で聖母マリアが現れ九死に一生を得た。その御加護に感謝し、ここに礼拝堂を建てたと言われています。
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メモリア礼拝堂の奇跡の場面を描いたアズレージョ  馬が崖上で前脚立ちになった時、聖母マリアが出現したシーンが描かれています。
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展望台から見た断崖と眼下の街並
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展望台の岩上で睦み合う鳩たち
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岩上で憩うウミネコ  眼下に見えるのがレプブリカ通りとプライア地区の街並です
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展望台から見た断崖と大西洋の水平線
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展望台付近でナッツを売っている露天商
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シティオ地区にあるノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会  洞窟から発見されたマリア像と前述の奇跡が起こったため、巡礼者たちが押し寄せた。そこで1377年に今の教会の基になる聖堂を建てたといわれています。
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ナザレ教会の内部  現在の建物は17世紀のバロック様式で、ナザレの守護聖人たちが祀られています。 
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ナザレ教会内部のアズレージョ  祭壇付近から翼廊まで旧約聖書を題材にした18世紀のアズレージョなどで飾られています。
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祭壇の左横から裏へ続く通路のアズレージョ  このような絵やデザインのアズレージョで埋め尽くされています。
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夕暮れの浜辺の道路で遊ぶ子供たち
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浜辺から見たシティ地区の断崖  夕日を浴びた断崖の上にメモリア礼拝堂が見えますよ。探してみてください!
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砂浜でのんびり釣りをしている人  大西洋に沈む夕日を眺めながら、横になって釣りをしている人を見つけました。
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釣果を覗きこんでいる人  何が釣れたのか興味津々で覗きこんでいる瞬間をカメラに収めました。
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大西洋に沈む夕日を眺めるカップル  浜辺に座り、大西洋の水平線に沈む夕日を眺めようとしているカップルにも出会いました。
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ナザレの浜辺の夕景  この日は雲に遮られ、大西洋の水平線に沈む夕日を見ることが出来ませんでした。残念!!
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3月21日  今日は、「ナザレやカルダス・ダ・ライーニャの朝市」を見た後、城壁に囲まれた小さな町「オビドス」、ユーラシア最西端の「ロカ岬」、更にカスカイスの「地獄の口」を訪れます。

ナザレの路地風景
 犬を連れてゴミ捨てにやって来たご婦人  犬がおしっこをしている瞬間を撮りました。
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 路地を歩いてきたご婦人と猫
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 パンを頭に載せて運ぶ人
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 石畳の補修をしている職人
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 石畳を通り過ぎて行った独特な服装の老婦人  お年寄りにもかかわらず、非常に可愛らしい格好をしていますね。ナザレの風習だそうです。 
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ナザレの朝市  ナザレは漁師町です。朝市にも大西洋で獲れる魚や近郊で採れる野菜や果物が並んでいました。
魚を持ってポーズをとってくれた店の女主人
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店先に並べられた魚たち  鯖、鯵、太刀魚、金目鯛、ホウボウ、蛸など我が国で日常的に食べる魚が並んでいました。
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果物店の買い物客
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朝市からの帰り道で撮ったスナップ
 自慢の赤ん坊を見せてくれた女の人
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 路地から大西洋を見ている人たち
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 路地裏に干された洗濯物
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カルダス・ダ・ライーニャ  「王妃の湯治場」といわれる人口2万人の町です。ジョアン2世の王妃レオノールが設立した鉱泉病院があります。 また、町の中心地にあるレプブリカ広場で開かれる朝市でも有名です。

レオノール王妃の像  旅の途中でこの地を通りかかった王妃は、道端で硫黄の匂いがする湯につかっている農民を見かけ、聞けばリウマチに効能があるとのこと。試してみると早速効能があらわれたので、1485年に鉱泉病院を設立したといわれています。
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新・旧の鉱泉病院
 現在の鉱泉病院
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 旧鉱泉病院  この建物が旧鉱泉病院ですが、現在は廃墟同然になり、鳩たちの巣になっていました。
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ドン・カルロス1世公園
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カルダス・ダ・ライーニャの街並と住民
 レプブリカ広場から鉱泉病院へ下る坂道を歩いて来た親子連れ
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 町を散歩するお年をめした男性
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 石畳の修理をしていた職人たち
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朝市風景  レプブリカ広場で開かれている朝市を見に行きました。近郊の村々から運ばれて来た野菜や果物、チーズやナッツもありました。
知人と会話中の露店の人  「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんなー!」と言っているのでしょうか?
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チーズ売り場での光景  釣銭を渡そうとしている女性の真剣な表情が実にいいですね! 
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野菜売り場での店主と買い物客との光景
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買い物に来る人、帰る人
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買物来た子供連れのご婦人  すぐ前の写真で坂を上ってきたベビー・カーを押しているご婦人がこの人です。
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買物を持ってひと休みしている女の人
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オビドス  城壁に囲まれた人口800人程の絵のように可愛らしい町で「谷間の真珠」と呼ばれています。ローマ時代から海からの敵の侵入を防ぐため、砦を築かれたことに遡ります。1282年、ディニス王がイザベル王妃にこの町を贈った後、1834年までオビドスは代々の王妃の直轄地になっていたそうです。

オビドス遠景  オビドスの町は全長1.5kmの城壁で囲まれており、城壁上の散策路を焼く40分ほどで1周できます。  
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ポルタ・ダ・ヴィラ  イスラム時代に造られたオビドスのメインゲートで、敵の侵入を防ぐため二重のジグザグ構造になっています。
 ゲートの下で編物をしながら販売しているお年寄りの女性
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 ゲートに飾ってあるアズレージョ
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ディレータ通りの街並  ポルタ・ダ・ヴィラから城壁内に入り、城までの石畳の細い道がメイン・ストリートの「ディレイタ通り」です。 道の両脇は土産物店やレストランなどが軒を並べています。
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ディレイタ通りのレストラン  壁に縦横に這う木の枝がトレード・マークのようですね。
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サンタ・マリア教会  1444年に10歳のアフォンソ5世が、8歳のいとこのイザベラと結婚式を挙げた教会です。奇妙な枝越しに撮影しました。
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城の横の石段から見た蔦の這う城壁とメイン・ストリートの街並
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散策路の西端から見たオビドスの町  この地点から見ると、オビドスの町が完全に城壁に囲まれているのがよく判ります。
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城壁上の散策路を行く観光客
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オビドスの城壁
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散策路から見た城壁内外の風景
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城壁の上から見た外部風景
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散策路から見た城壁内部の風景
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家の窓から洗濯物を干す女性
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散策路の終点地点から見た城郭風景
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バスに戻る途中のディレイタ通りのスナップ写真
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バスの駐車場付近で見た可愛らしい2台の自動車
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ロカ岬  ユーラシア大陸の西の果て、西経9度30分、北緯36度47分の140mの断崖の上に、ポルトガルの詩人カモンイスが詠んだ詩の一節を刻んだ石碑が立っています。

カモンイスの石碑と燈台  「AQUI・・・・・ONDE A TERRA SE ACABA E O MAR COMECA ー ここに地果て、海始まる」 
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ロカ岬の断崖と燈台
 北の方角の断崖と海
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 南の方角の断崖と海
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 断崖の上に建つ燈台
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ロカ岬に打ち寄せる大西洋の荒波  海の色と白い波のコントラストが非常に印象的で、暫らく見惚れていました。
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ロカ岬の野原に咲く草花
 多肉植物で、松葉ボタンのような草花でした。
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 白いハマナスの花ではないかと思います。
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強風に髪を靡かせて  この日のロカ岬は特に風が強く、吹き飛ばされそうなくらいでした。その中で記念写真を撮っていました。
 断崖と大西洋をバックに記念写真を撮って貰っている人たち
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 必死の形相?
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 悪戯のVサイン
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 髪靡く!
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ロカ岬から眺めた大西洋の水平線  この景色を眺めていると、この海の向こうに何があるのかと思わずにはいられません。
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以上で ポルトガル旅行(3) を終了します。 引き続き、ポルトガル旅行(4) をご覧ください。

by mda-vinci | 2013-04-26 16:52 | 海外旅行
2013年 04月 25日

ポルトガル旅行(2)

引き続き、ポルトガル旅行(2)をご覧ください。

3月19日  今日は国境を超え、スペインの世界遺産「サンチャゴ・デ・コンポステラ」を訪問します。今回の旅行の最大の目的地でもあります。
サンチャゴ・デ・コンポステラへ行く途中、車窓から撮影したのどかな田園風景
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サービスエリアで見つけた黄色ののカタバミの花
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巡礼の道  スペインの北部、ピレネー山脈を越える峠付近からサンチャゴ・デ・コンポステラに至る約800kmの道が「巡礼の道」と呼ばれています。最盛期の12世紀には、50万人の巡礼者がこの道に足跡を残したと言われています。サンチャゴ・デ・コンポステラは、中世の頃からエルサレム、ローマと共にキリスト教の三大聖地の一つに数えられています。
歓喜の丘  約800kmの「巡礼の道」を歩いてきた巡礼者が、この丘の上に上り、サンチャゴ・デ・コンポステラのカテドラルを遠くに見て涙を流して喜んだといわれています。

 歓喜の丘に建つ巡礼者の像  はるか彼方にカテドラルの塔が見えます。
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 巡礼者が見るカテドラルの3本の塔
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 歓喜の表情で建つ巡礼者のブロンズ像
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 巡礼者の杖の先に結ばれた瓢箪とホタテガイの貝殻  瓢箪は飲み水、ホタテガイの貝殻はヤコブの遺体がホタテガイに乗って運ばれて来たという伝説によると言われ、巡礼のシンボルになっているようです。
 
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サンチャゴ・デ・コンポステラ  中世のスペインでは、キリストの十二使徒のひとり、聖ヤコブ(スペイン語でサンチャゴ)が、スペインでのキリスト教伝道の後、紀元44年にエルサレムで殉教し、その遺体は再びスペインに運ばれ埋葬されたといわれていました。9世紀はじめ、その聖ヤコブの墓が発見され、そこにカテドラルを建てたことからエルサレム、ローマと並ぶキリスト教の聖地として、多くの巡礼者を集めることになりました。

 カテドラルに傘をさして向かう観光客
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 カテドラル  オブラドイロ広場から見た荘厳なカテドラルです。
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 カテドラルの真ん中の塔に祀られている聖ヤコブの像
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 カテドラルの内部
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 祭壇に祀られている聖ヤコブの像  背後の両側に開いている穴から手を入れれば、誰でも聖ヤコブの像に触れることが出来ます。
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 カテドラルの天蓋  巨大な天蓋の明り窓から差し込む光で、堂内が少し明るく感じました。
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 カテドラルの外壁  非常にダイナミックで歴史を感じさせる装飾だったのでカメラに収めました。
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 カテドラルの扉飾り
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 オブラドイロ広場に埋め込まれたモニュメント  ここにもホタテガイの貝殻が刻まれています。
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 市庁舎  オブラドイロ広場の向かい側に市庁舎があります。この建物は、かってラクソイ宮殿だったところです。
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 5つ星のパラドール  カテドラルを背にすると、右側が旧王立病院です。1489年にカトリック両王によって巡礼者の宿泊施設兼病院として設立されました。
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 近くの公園から見たカテドラル
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 雨上がりの公園  公園の樹木は苔生し、落ち着いた雰囲気を醸し出していました。その公園で傘を手に立ち話をしている人を見かけました。
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 公園のベンチでで憩う女子大生  この町には大学があり、街中や公園で、多くの大学生を見かけました。
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 公園で見つけた老木と満開のシャクナゲの花
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 雨上がりの石畳を歩く家族連れ
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 雨で濡れた石畳を歩いて行く女子大生
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 濡れた石畳で餌を探す1羽の鳩
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 雨水の溜まった街中を歩く大学生たち
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 カテドラルの裏の石段で話し込んでいる女子大生
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 巡礼者と思しき人と話をする観光客
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 カテドラルの横の石段で寄付を募っていた楽師
  ギター弾き
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  シェパードを連れたバグパイプを吹き
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 観光が終わり、バスに戻る人たち
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国境を越え、ポルトガル・ポルトのホテルへ戻る途中にバスの車窓から撮影した風景
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3月20日  今日から南へ下り、大学の町「コインブラ」、宗教の町「ファティマ」そして漁師町「ナザレ」を訪問します。
コインブラへ行く途中で見た風景
 雲海の絶景  ポルトを出発してしばらくして車窓を見ると、雲海が広がっていました。即座にシャッターを切りました。
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 カラスの絵が描かれた高速道路の遮音板  カラスの衝突防止のために描かれたものでしょう。
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コインブラ  政治のリスボン、商業のポルトに次ぐ第3の都市です。丘の上の大学を中心に広がる人口10万人程の文化の中心の町です。 しかし、ポルトガルの歴史の中で果たした役割は大きく、多くの政治家や文化人たちを世に送り出してきました。

丘の上の大学を中心に広がるコインブラの町
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旧市街の入口にあるポルタジェン広場
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モンデゴ川に架かるサンタ・クララ橋  対岸には新旧サンタ・クララ修道院や軍事博物館が見えます。
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ポルタジェン広場の一角にあるスタンドの光景  付近の住人がちょっと立ち寄って物を買って行きました。
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コインブラ大学を描いたアズレージョ  大学へ行く坂道の塀に飾られていました。
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コインブラ大学に行く坂の途中で見たアズレージョ  樹木の影とアズレージョをカメラに収めました。
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大学の創設者ディニス王の像  ディニス王によって、1290年にリスボンで創立された大学が、コインブラに移転されたのは1308年とのこと。
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黒いマントを着て、大学への石畳の坂を上る女子大生  現在では、卒業式などの公式行事の時に着用するようです。
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黒いマントを着た女子大生  この黒いマントが大学生の象徴的存在で、これを着るのが「夢」だったようです。  
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構内に並ぶ彫刻群と旧大学の建物
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旧大学への入口「鉄の門」  入口に敷かれたデザイン化された石畳が、実に見事ですね。
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ラテン回廊と時計塔  右側がラテン回廊です。ここではラテン語を話すことが義務付けられていたそうです。
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ラテン回廊へ上る石段  黒いマントを持った女子大生がこの石段を上っていくところです。
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ラテン回廊正面の見事な彫刻
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ジョアニア図書館  ジョアン5世治下の1724年に建てられた図書館で、蔵書は30万冊にも及ぶそうです。
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ジョアン3世の像とジョアニア図書館  中庭に建てられたジョアン3世の像です。
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図書館前から見た旧大学  ラテン回廊と時計塔が広い中庭の奥にみえます。この時計塔は、18世紀に造られ、大学のシンボルになっています。
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ラテン回廊で記念写真を撮っている人たち  黒いマントを着た女子大生を中心に記念写真撮影を行っていました。
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大学構内で憩う学生たち  このような服装が一般的な通学服のようです。
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アルメディーナ門  かって町を囲んでいた城壁の入口のひとつだったもんです。メイン通りから少し坂を登った所にあります。
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石段を下りてきた子供たち  大学からメイン通りへ下りる途中で出会った大勢の子供たちです。機嫌良く写真撮影に応じてくれました。
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坂道の路地風景  この自動車はどうやってメイン通りへ出すのか心配になるような路地ですね。左側にFADOの看板がみえます。
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コインブラ・ファドに使う楽器類  この店で行われるファド・ショーのビデオを見た後、内部を見学しました。2種類のギターがありました。
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ベランダに置かれたジーンズの鉢植え  面白いアイデアで本当にビックリしました。
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メイン通りの風景  犬を連れた人やカップルがやってきたので、カメラに収めました。幾何学模様の黒と白の石畳が素敵ですね。
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店先でお土産を選ぶ人たち
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坂道に車を停めている風景  ポルトガルの至る所でこのような風景を見ることが出来ました。
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ファティマ  第1次世界大戦の1917年、この地で3人の子供たちの前に聖母マリアが出現するという奇跡が起きたそうです。 当時は荒地だった所に今は荘厳な教会が建ち、カトリックの聖地になっています。 1981年、ローマ法王だったヨハネ・パウロ2世がバチカンで狙撃された日が偶然にも奇跡の起きた日と同じ5月13日だったそうです。重傷を負った法王はその後奇跡的に回復し、マリア様の御加護があったとして翌年5月13日にファティマを訪れたそうです。

奇跡を見たという3人の子供たち
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バジリカ  広大な広場を前に、ネオ・クラシック様式の65mの塔を持つバジリカが聳えています。大広場の収容人数は30万人以上とのこと。
       毎月13日、特に5月と10月の大祭の時には、10万人もの巡礼者で埋め尽くされるそうです。
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膝行しながらお祈りをしている熱心な信者とキリストの磔刑像
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膝当てをして膝行する母子の信者 
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バジリカ側から見た聖三位一体教会  大広場の向かい側に新しく建設された近代的な教会があります。
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バジリカの内部風景
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奇跡を見たというジャシンタの像
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フランシスコとジャシンタの像越しに見たバジリカ
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構内にあるコルクの木  黒い部分が剥がれたところです。ポルトガルは、コルクの生産量では世界一です。
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聖三位一体教会から見たバシリカ  ここから見たバシリカが一番好きです。
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聖三位一体教会の建物とブロンズ像
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教会内部  今まで見てきたカトリック教会の装飾過多なものではなく、極めて近代的なすっきりした内部構造でした。
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バシリカ付近のファティマの街並  ここでも幾何学模様の幅広い石畳が印象的でした。
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お土産店のショーウインドーに映り込むバジリカ
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以上で、ポルトガル旅行(2) を終わります。 引き続き ポルトガル旅行(3) をご覧ください。

by mda-vinci | 2013-04-25 17:51 | 海外旅行
2013年 04月 24日

ポルトガル旅行(1)

3月17日から8日間のポルトガル旅行に夫婦で行ってきました。この旅行日程の中で、1日だけ国境を超え、スペインの世界三大聖地の一つサンチャゴ・デ・コンポステラを訪問しました。このツアーに参加した最大の目的は、巡礼の道の最終目的地であるサンチャゴ・デ・コンポステラをこの目で直接見たいと考えたからです。
ポルトガルは、鉄砲伝来、ザビエルのキリスト教伝道、天正遣欧使節など歴史的に極めて深い関係にあることは勿論のこと、カステラ、コンペイトウ、タバコ、ボタンなど多くの外来語の語源の国で、海にも面しており、親近感を抱くに十分な国でもあります。
今回の旅行日程は、下記の通りです。
3月17日  成田国際空港から空路パリへ  所要時間:約12.5時間
        パリ国際空港で乗り換え 空路リスボンへ  所要時間:約2.5時間
        リスボン到着後、ホテルへ
3月18日  トマールへ  トマールの市内観光  世界遺産:キリスト教修道院   昼食
        ポルト  世界遺産:ポルト歴史地区観光(サンフランシスコ教会、ポートワイン工場、ドン・ルイス1世橋、サン・ベント駅など)
3月19日  世界遺産;サンチャゴ・デ・コンポステラ旧市街観光(カテドラル、オブラドイロ広場など)、歓喜の丘
3月20日  コインブラ観光(コインブラ大学、旧市街散策) ファティマ観光(バジリカ、聖三位一体教会など)ナザレ散策(シティオ地区)
3月21日  ナザレの朝市、カルダス・ダ・ライーニャの朝市、オビドス観光、ロカ岬、カスカイス・地獄口観光、夕食後ファド・ショー見物
3月22日  リスボン市内観光 世界遺産:ジェロニモス修道院、ベレンの塔、発見のモニュメントなど
        《オプショナル・ツアー》 クリストレイおよび世界遺産:シントラ・ペーナ宮殿 観光
3月23日  リスボン空港から空路パリへ  
        パリ国際空港到着後、航空機乗り継ぎ 空路帰国の途へ
3月24日  成田国際空港到着
この旅行中、その都度撮影した写真を本ブログに掲載します。よろしければご覧ください。

《写真集》
3月17日(日) 
パリ国際空港に到着  我々が乗ってきたエール・フランスの2階席のある巨大エアバス  
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空港に残っていた雪の塊  先日、降った雪が部分的に残っていました。
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パリ国際空港で、リスボン行きの飛行機に乗り継ぐために待合室で待つことになりました。急に空が暗くなり雨が降り出しました。
雨が上がり、夕日に照らされる空港
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夕日に照らされて赤く染まる雲
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待合室で搭乗のアナウンスを待つ家族連れ
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待合室で様々なスタイルで搭乗を待つ若者たち
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手持ち無沙汰のようで、プーさん人形と話をするご婦人
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空港の待合室の天井に映った風景  待合室で待っている多くの人が映り込んでいました。
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リスボン行きの機窓から見たパリ空港の風景
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機窓から見たリスボン近郊の夜景  非常に鮮明な写真を撮ることが出来ました。
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機窓から撮影した闇に浮かぶクリストレイのキリスト像
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リスボン空港に到着  機窓から見たリスボン空港の風景
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リスボン空港で見つけた面白い看板  看板前で電話しているご婦人と一緒に撮影しました。
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3月18日  今日は、リスボンを出発し、約145km北にある世界遺産の街「トマール」と更に201km北方にあるポルトを訪問します。
リスボンのホテルの窓から見た出勤風景
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ホテルの玄関前に置かれた錨  如何にも海洋国家ポルトガルのモニュメントですね。
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トマールに到着。最初に丘の上に建てられたキリスト修道院を訪れました。

トマール  ナバオン川の畔に広がるトマールの町は、マヌエル様式の美しい修道院と4年ごとに行われるタブレイロスの祭りで有名なところです。この土地に修道院が築かれたのは12世紀のことです。1147年にサンタレンの戦いに勝利し、レコンキスタに貢献したテンプル騎士団に、アフォンソ1世が恩賞として土地を与えたのが始まりとされています。14世紀以降はキリスト騎士団に受け継がれ、当時団長を務めていたエンリケ航海王子は、その豊かな財力によってポルトガルを大航海時代へ導くことが出来たのです。因みに『マヌエル様式』とは、ポルトガル独特のもので、大航海時代を象徴するロープ、鎖、珊瑚等のモチーフで装飾された様式のことです。

修道院を囲む城壁
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城門から見たキリスト修道院
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南門付近から見た城門周辺の風景
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修道院の南門の横に聳える城壁
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南門のマヌエル様式の装飾  この門の扉は、現在閉鎖されています。
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テンプル騎士団聖堂  エルサレムの聖墳墓教会に倣って12世紀後半に造られたビザンチン風ロマネスク様式の聖堂です。聖堂の堂々たる柱も見事ですね。
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様々な回廊  この修道院には、その時代ごとに増築した回廊が幾つもあります。(主回廊」、「沐浴の回廊」、「墓の回廊」、「カラスの回廊」、「ミシャの回廊」などがあります。
主回廊  ジョアン3世時代の16世紀に造られた回廊で、1581年、ポルトガルを併合したスペイン王フェリペ2世はここで戴冠したとのこと。
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沐浴の回廊  かって、修道士たちが洗濯や沐浴をを行ったところだそうです。壁のデザイン・タイルが実に美しいですね。
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墓の回廊  15世紀にエンリケ航海王子が増築したゴシック様式の回廊で、修道士たちの墓所です。
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カラスの回廊  ジョアン3世によって増築された回廊で、1階のきたがわには台所、東側には食堂があり、修道士の憩いの場だったそうです。
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マヌエル様式の最高傑作といわれる大窓  上部にはキリスト騎士団のマルタ十字と国の紋章、下部にはロープ、鎖、珊瑚といった大航海時代を象徴するモチーフが刻まれ、世界に向かって躍進した当時のポルトガルを彷彿とさせる素晴らしいものです。
 全体像
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 ロープの巻き付いた人間
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 龍の頭
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修道院の売店で売っていた騎士団人形
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修道院の観光を終え、トマールの町を散策しました。ナバオン川の畔に広がるトマールの町は、水と緑に恵まれた実に美しい処でした。
ナバオン川の水面に映る青空とトマールの街並
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ナバオン川の水車
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ナバオン川越しに見るキリスト修道院
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川縁で立ち話をしていた立派な髭をたくわえた住人たち
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川岸の芽吹いた柳の木
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川で遊んでいた水鳥  七面鳥のような顔をした鳥でしたが、印象に残りました。
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川岸の散歩道に置かれていたブロンズ像  「ご機嫌いかが?」
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トマール観光後、約201km北にあるポルトの町に向かいました。 ポルト到着後、最初にサン・フランシスコ教会を訪問しました。
途中のドライブ・インで見つけたお花畑  可愛いデイジーのような花が一面に咲き誇っていました。
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ポルト  リスボンから約300km、ドウロ川北岸の丘陵地に築かれた起伏の多い街で、坂の多さは「7つの丘の街」と呼ばれるリスボンにも劣りません。人口は約23万人でこの国の商工業の中心地として栄えて来ました。歴史的に見て、ポルトガル発祥の地はここポルトと言えるでしょう。

サン・フランシスコ教会  14世紀に建造された修道院付属の教会で、当初はゴシック様式でしたが、17世紀にバロック様式に改葬されたそうです。教会の内部は金泥細工と金箔で覆われ、バロック装飾の極致と言われています。内部は撮影禁止でした。
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サン・フランシスコ教会から見たドウロ川方面の風景
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教会の下を走っていrた路面電車
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ドウロ川に架かるドン・ルイス1世橋  サン・フランシスコ教会観光後、ドウロ川を渡り、対岸から眺めた風景です。この橋は二段構造で、上部が鉄道、下部は車専用になっています。今丁度、電車が通過しています。
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ドウロ川越しに見る旧市街の風景
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ドウロ川に浮かぶ帆船  かって、ポート・ワインを運んだ帆船だそうです。
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ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアにあるワイナリー「サンデマン」の外観と内部
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ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアの通りで甘栗を売っていた女性  声をかけたら、試食させてくれました。
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この通りを歩いている人たちの影
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[旧市街の建物やモニュメント
サント・イルデフォン教会  この教会は、外壁がアズレージョ(美しい絵タイル)で覆われた美しい教会です。
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コングレガドス教会の外壁に描かれたアズレージョ
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リベルダーデ広場の奥に建つ市庁舎
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エンリケ航海王子の像
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ペドロ4世の像
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サン・ベント駅  20世紀初め、修道院の跡地に建てられたアズレージョが見事なポルトの玄関口です。 ホールの壁を飾るアズレージョは、ジョルジュ・コラコによって1930年に制作されたものだそうです。
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壁面に飾られたアズレージョ
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セウタ攻略を描いたアズレージョ  中央に描かれているのがエンリケ航海王子です。
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ジョアン1世のポルト入場のアズレージョ
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駅の内部壁面を飾るその他のアズレージョ
 王様が外国の使節を謁見している?アズレージョ
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 農家の作業風景を描いたアズレージョ
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 露天商の商い風景を描いたアズレージョ
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ライトアップされたサン・フランシスコ教会
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夜の路地裏で遊ぶ若者たち
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これで ポルトガル旅行(1) を終わります。 引き続き ポルトガル旅行(2) をご覧ください。

by mda-vinci | 2013-04-24 14:32 | 海外旅行
2012年 09月 16日

モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(5)

    引き続き「モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(5)」をご覧ください。

3月27日(火)  今日は、世界遺産メクネス、ラバトを散策後、カサブランカに戻ります。
早朝、ホテルのプールの水を飲みに来た鳩たち
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メクネス  
10世紀頃、ベルベル系メクネッサ族がこの都市を造り、周辺にオリーブや葡萄などの農業地帯を作ったのが始まりと言う。最盛期は17世紀、アラウィー朝のムーレイ・イスマイルの時代で、数多くの城壁や門、モスクなどを建設した。現在は、眠りこけたように静かな処と言われています。

マンスール門  ムーレイ・イスマイルが最後に手掛けた建築物で、彼の死後、息子によって1732年に完成。改宗したキリスト教徒マンスールの設計。
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マンスール門前のエディ広場  メディナのヘソに当たる広場で、周辺に雑貨屋、ピーナッツ売り、果物屋等の店をあります。
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王宮を取り囲む長い城壁
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城壁前を通過する馬車と子供を背負った母親
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王都エリアへの入口門
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風の道  両側を高い壁で挟まれた道で、強い風が吹き抜ける事から名付けられたと言う。壁の向こうに王宮があり、この門がリフ門(風の門)です。
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ムーレイ・イスマイル廟  壮大な王都建設を夢見て、完成を待たぬままこの世を去った王ムーレイ・イスマイルの遺体が安置されています。
 ムーレイ・イスマイル廟門および廟門外の風景
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 廟の内部  壁から天井にかけてのモザイクや漆喰彫刻の素晴らしさに目を見張りました。イスラム文化の最高傑作だと言われています。
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 廟の中庭と日時計
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ラバト  新旧が混在するモロッコの首都。カサブランカが商業の中心なら、ラバトはれっきとしたモロッコの行政上の首都であります。
ムハンマド5世の霊廟
 霊廟の入口に立つ騎馬衛兵
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ムハンマド5世の霊廟
 外側から眺めた霊廟の建物 
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 霊廟内部の風景
  廟内の4隅に立っている深紅と緑の衣装をまとった衛兵
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  霊廟内の宗教者
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ハッサンの塔  ムハンマド5世の霊廟と同じ敷地内にある未完のミナレット(尖塔)で、1195年に着工したが、4年後に中断したという。
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ハッサンの塔を囲む外壁と門に立つ衛兵
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外壁の穴に住む鳩たち
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木蔭で憩う人々
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道路を横断する人たち
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街を歩く素敵なご婦人たち
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王宮  現国王ムハンマド6世とその家族が住む王宮です。1864年に建てられた白い壁と緑の屋根がひときわ鮮やかな建物です。
 王宮の門
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 王宮の建物
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 王宮の庭園に咲いていたアメリカン・チューリップの花
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ウダイヤのカスバ  17世紀に建造された城塞で、18世紀に気性の荒いウダイヤ・アフブ族の軍隊を駐屯させたことから、この名が付いたとのこと。
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ウダイヤの海岸風景  大西洋の荒波が打ち寄せ、非常に爽快な気分を味わうことが出来ました。
 大西洋の荒波を眺めながら何を語っているのでしょうか?
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 激しい波飛沫を眺める人たち  浜辺を散歩する人、サーフィンをしようとしている人、語らいのひと時を楽しんでいる人などがいました。
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カサブランカ空港から空路、アブダビ空港へ  そして最後の観光地のドバイへ

ドバイ  
世界有数の大都市で、人口の7~8割は外国人と言うインターナショナルな町で綺麗な海、風紋の美しい砂漠、巨大ショッピングセンター、レジャー施設など何でも揃っている不思議なところと言えます。
バージュ・アル・アブラ  ドバイを代表する高級ホテル
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ドバイの海水浴場
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バージュ・ハリファ  
2010年1月にオープンした世界一の高層ビル。 地上828m、160階建ての超高層ビルで、砂漠の花「ヒメノカリス」をイメージしてデザインされたそうです。
 超高層ビルの全体像  まさにドバイの新しいランドマークとして大空に聳えていました。 
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 アラブ馬の彫刻越しに見たランドマークタワー
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 バージュ・ハリファをバックに記念写真を撮る家族連れ
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 ジ・アドレス・ダウンタウン・ドバイ  個性的なデザインのビルです。ドバイのビルは、ユニークな設計のビルが非常に多いと感じました。
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 ジュメイラ・モスク 
 ドバイのシンボル的モスク。優雅なドームと2本のミナレットを持つ姿は静謐で、凛としたたたずまいを感じさせます。
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 スプリンクラー付き花壇  ジュメイラ・モスクの横で見た花壇です。他の花壇も全てスプリンクラーで給水していましたが本当に大変ですね。 
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個性的なデザインのビル群  これらのビルは車窓から撮影したものですが、非常にユニークで面白く見ているだけで楽しくなりました。
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バール・ドバイ地区のスークへ行くため、アブラ(水上タクシー)に乗って渡りました。
 アブラの乗船風景とクリークを行くアブラ
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 香辛料を売買する商人たち  この付近の路地は、スパイスを売買するスークが多く、交渉中の商人をよく見かけました。
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 どの香辛料を買おうかな?
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 ゴールド・スーク  ドバイの観光名所の中でも特に人気があるのが、このゴールド・スークです。多くの観光客で賑わっていました。
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 その他のスークの光景
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 通りを歩く人たち
  威風堂々!
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  商品を運搬する商人
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  家族連れ
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商店街の片隅で見かけた鳥  水飲みに来ていましたが、残念ながらこの鳥の名前は不明です。どなたか、ご教授ください。
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      このドバイ観光を最後に、アブダビ空港から帰途につきました。

      今回も最後までご覧頂き、本当にありがとうございました。 心から感謝しております。

by mda-vinci | 2012-09-16 21:24 | 海外旅行
2012年 09月 13日

モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(4)

   引き続き「モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(4)」をご覧ください。

3月25日(日)  今日は早起きして、サハラ砂漠へ行きます。その後、イフレンを散策し、フェズへ向かいます。
暗いうちに4WDで駱駝の待つサハラ砂漠入口まで行きました。多くの観光用駱駝が暗闇の中待機していました。 我々の目的は、サハラ砂漠の日の出を見ることですが、見ることが出来るでしょうか?
出番を待つ駱駝たち
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サハラ砂漠の目的地に到着!  まだ、辺りは相当暗い状態です。暗い中での撮影なのでイマイチですね。
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サハラ砂漠を行く駱駝の一行  目的地の小高い砂山から見たサハラ砂漠観光のために行く駱駝の列です。
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ひと休みする駱駝たち  駱駝の表情が非常に面白いですね! 少しずつ周りが明るくなってきました。
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風紋のある砂山の上に立つ人  風紋をカメラに収めようと努力したのですが、なかなか上手くいきませんね。
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日の出を待って談笑する人々  残念ながら、日の出の赤い太陽は拝むことが出来ませんでした。
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サハラ砂漠の砂山で遊ぶ親子
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日の出を見ることが出来ず、帰り支度を始めました。
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さあ、スタートです!  一緒に来た女の子が駱駝に乗った晴れ姿です。 なかなか様になっていますね。
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我々一行の駱駝の行列
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帰途、やっと太陽が顔をのぞかせました。その光景です。 砂山の向こうに通り過ぎて行く駱駝の一行が見えます。
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サハラ砂漠で見た彩雲
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砂漠で発見した甲虫  ゴミ虫の仲間だと思うのですが、正式名称が判りません。お解りの方はご教授ください⇒2012年10月9日 テレビを見て、この甲虫の名前が判明しました。「ごみむしだまし」でした。
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我々一行の前を通り過ぎて行った駱駝たち
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エルフードのホテルへ戻る途中で立ち寄った化石を販売する店  これらの車がサハラ砂漠へ我々を運んでくれた4WD車です。
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この店の周辺にも化石が転がっていました。 私は小さなアンモナイトの化石を発見しました。
 小形のアンモナイトの化石を多く含んだ石を眺めています。
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 こんな不思議な化石も転がっていました。でも、大き過ぎて持ち帰れません。
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ホテルで朝食を摂った後、次の目的地「イフレン」にむかいました。
バスで通過したエルフードの生活風景
 エルフードの子供たち
  道の上に並べて販売している商品と周りの子供たち
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  自転車を放り出して遊んでいる子供たち
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  家の手伝いをしている?女の子たち  手押し車が懐かしいですね!
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イフレンへ行く途中の風景
 草一本も生えない荒野に出現した大きな湖  
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 所々で見たナツメヤシの茂るオアシス
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 車窓から眺めた住民の生活風景
  驢馬に乗った少年と母親
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  買い物帰りの家族連れ
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  自宅前で遊ぶ子供たち
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  鋤で畑を耕す農夫
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  草を探して移動する羊飼い
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  草原?で草を食む羊の牧歌的風景
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イフレンへ行く途中の残雪風景  イフレンへ行く途中にある峠には、残雪がありました。
峠の残雪
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ヤドリギが寄生した樹木  木の枝についている丸い球が、寄生しているヤドリギです。
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イフレン
 イフレンの街並  ここでも屋根の上にコウノトリの巣がありました。
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 イフレン名物のライオン像前でのスナップ  若者と家族連れ
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イフレンからフェズへ行く途中の農家  石だらけの土地で暮らす農家の人々の厳しさと石を利用する知恵を感じました。
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8月26日(月)  今日は、世界遺産・フェズの街を散策します。 1,000年以上続く世界最大の「迷宮都市」と言われています。
フェズ  
世界一複雑な迷路の街「フェズ・エル・バリ」は、モロッコ最初のイスラム王朝の都でした。イスラム教の祖ムハンマドの婿、アリーの子孫であるムーレイ・イドリス1世が8世紀末にバクダッドを追われ、中央モロッコに亡命し、先住民であるベルベル人の信頼を得て、この地にイスラム王朝を興したと言われています。
王宮  
かってのスルタンの居城であり、スルタンの兵士たちの駐屯地でもあった。何世紀にもわたって改築と増築が繰り返され、現在はモロッコ国王がフェズに滞在する時に使用されているそうです。
 王宮の外観と観光客
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 王宮の正門と扉および取っ手
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 正門のタイル模様
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青空を飛翔するコウノト  王宮観光時、コウノトリが青空に舞っていました。
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旧ユダヤ人街メッラハ  スペインで迫害されたユダヤ人が、中世の頃移住してきた街であったが、イスラエルの建国時多くのユダヤ人がここを去ったとのこと。
 メッラハの街並
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スマリン門と遠くに見えるモスク
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ブー・ジュルード門  1913年、メディナの入口に建造されたフェズ最大の門で、幾何学模様の彫刻、青色や緑色のタイルで彩られ実に美しい。
 メディナの内側から見たブー・ジュルード門  緑色のタイルモザイクが美しい!
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 行き交う各種乗り物  驢馬、フロント・カー(リア・カーではない)、自動車が同じ写真に写っています。
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 外側から見たブー・ジュルード門と人々の生活風景  
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 驢馬に乗って門前を通り過ぎて行く男性
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 門の脇で商売をしている人たち
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 車に藁を乗せて通り過ぎる人
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メディナの中で生活するさまざまな職人たち
 彫金職人とその素晴らしい製品
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 板金職人  サファリーン広場で、日常生活用品を叩きだしている職人
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 革染色職人街(タンネリ)の染色作業風景と革製品
  染色用の原料の皮を運ぶ驢馬  メディナの非常に狭い路地を「そこのけ!そこのけ!」と通って行きます。
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  タンネリのある街並
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  革染色作業
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  出来あがった革製品
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 磁器の絵付け職人とブルーが美しい商品
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フェズ遠望  小高い丘に上って、フェズの街並を遠望しました。
フェズは、大別して「旧市街フェズ・エル・バリ」、「フェズ・エル・ジェディド」、「新市街」の3地区に分かれます。それらが渾然一体になって、魅力的な「1000年以上続く世界最大の迷宮都市」を作り上げているのです。
 小高い丘から見たフェズの風景
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ブー・イナニア・マドラサ  
14世紀にブー・イナニア王によって建てられたマリーン朝最大の神学校で、中庭の中央にある水盤は、お祈りの前に身を清める為に使用するものです。壁面に彫刻された繊細な幾何学模様やタイルのモザイクが人間業とは思えないくらい素晴らしい!
 ブー・イナニア・マドラサな中庭風景
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 祈りの前に水で身を清める子供たち
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ザウィア・ムーレイ・イドリス廟  
フェズのメディナの中で最も聖域とされている場所。異教徒は入場不可。入口から見ることはできます。 ここは修道院で、9世紀初めにフェズのメディナを建造したムーレイ・イドリス2世の墓があるそうです。
 修道院の内部及び絢爛豪華な天井
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カラウィン・モスク  
9世紀にチュニジアのカイルアンから移住した裕福な商人の娘によって建てられた。祈りの場所から学問の場所「マドラサ」になり、現在も「大学」として登録されています。
 門から見た「現代も続く学問の地」
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旧市街・メディナの路地風景  今の我々では、考えられないような光景を沢山見てきましたが、そこに郷愁や懐かしさを覚えるのは私ひとりでしょうか?
 おこぼれに与ろうとする猫たち  鶏肉や卵を売っている店の前で2匹の猫が売り場の下で待っていました。
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 染色した糸を運ぶ驢馬
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 魚屋の店先
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 肉屋の店先
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 タジン鍋の製造所
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 材木を運ぶ人  狭い路地を無謀とも思える長い材木を運んでいました。 一体全体、どうなっているの?
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 路地で荷物を背負って待機中の驢馬
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 路地で果物を商売をしている人  「量り売り」をしている果物屋さん、本当に懐かしい風景ですね。
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 そこのけ、そこのけの運搬車  こんな狭いところを車で通るなって、全く信じられない風景です。
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 路地で見つけた猫の親子
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 路地で茎の皮をむく作業をしている女性たち
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路地裏の子供たち
 学校帰りの子供たち
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 出前のお手伝いをする子供たち
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        引き続き「モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(5)」をご覧ください!

by mda-vinci | 2012-09-13 21:21 | 海外旅行
2012年 09月 12日

モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(3)

引き続き「モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(3)」をご覧ください。

3月24日(土)  今日は、トドラ渓谷、旧地下水道溝、オアシスなどを見物後、エルフードに向かいます。
ワルザザードで宿泊したホテル
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ワルザザード郊外のカスバ
 タウリルトのカスバ  かって、グラウイなる人物が住んでいたカスバで、1990年製作の映画「シェルタリング・スカイ」の舞台となったとのこと。
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 カスバの向かい側にあるアパート  壁面に彫られた独特の模様が印象的でした。
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トドラ渓谷へ行く途中の風景
 トイレ休憩で、小さな村にバスを停め、買い物をしたり、村の風景などを見て廻りました。
  土産物店で刺繍をしていた女性たち
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  道端で談笑していた若者たち
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  家の前で佇む女の人
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  家のまわりで遊んでいる七面鳥や鶏たち
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 ティフルトゥトのカスバ  ワルザザードの西8kmほどのところにあるカスバで、映画「アラビアのロレンス」のロケでも使われたそうです。
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 路傍の羊飼い  走行中のバスの車窓から撮影しました。
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 映画スタジオの看板と二つのスタジオ
  映画スタジオの看板
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  CLAスタジオの正門
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  オスカースタジオ及びホテルの正門
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  この付近を通り過ぎて行ったカップル
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 バスの車窓から見たカスバ  この街道沿いには、数多くのカスバが点在し、昔の面影を伝えています。
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 延々と続く荒涼たる風景
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 桃の花咲くオアシスと街並
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 このオアシスで我々を眺めていた休息中の男性
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 車窓から見た住人たち
  荷物を運ぶロバ
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  荷物を運ぶ女の人
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  ひたすら道を歩く女性たち
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  道端で憩う女の人
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  子供たちの登校?風景
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  道路脇でオートバイを修理する男性たち
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トドラ渓谷近くにあったオアシスの村
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トドラ渓谷
 豪快に聳える渓谷入口付近の断崖
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 この地で商いをする露店商人
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 河原に下りて断崖を見上げたり、川原遊びに興ずる観光客
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 渓谷観光用驢馬の価格交渉
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 トドラ渓谷の渓流と垂直に立ちあがる岩肌
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 トドラ渓谷の出口側の風景
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トドラ渓谷から地下水道溝に行く途中で車窓から眺めた風景
 綺麗な服を着て集まっている女性たち  何かお祝い事かお祭りでもあるのでしょうか?
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 街を歩いている子供をおんぶした母親
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 街を歩いている女性たち
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 玄関前の母親と男の子
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 学校帰りの学生たち
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地下水道溝の遺構  砂漠のような荒れ地の地下に横穴トンネルを掘り、需要の村まで水を運搬した地下の水道溝です。
 地下水道溝の地上風景  光芒が非常に美しかった!
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 地下水道溝へ通じる竪穴
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 この遺構の管理者兼説明者  この地下水道溝から水をくみ上げる方法をこの設備を使いながら実演してくれました。
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 遺構管理者が過ごすテント
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 管理者についてきた犬
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エルフードで暮らす人たち
 エルフード近傍のオアシス
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 オアシスの傍の空き地でサッカーに興じる大人たち
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 荷物を背に乗せ疾走する驢馬
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 エルフードの街を歩く若い女性たち
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 道端で遊ぶ子供たち
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 空き地で催される露店市場
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 連れだって外出する親子
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      引き続き「モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(4)」をご覧ください。 

by mda-vinci | 2012-09-12 20:53 | 海外旅行
2012年 09月 11日

モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(2)

 引き続き「モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(2)」をご覧ください。

3月23日(金)  今日は、マラケシュの街を散策した後、世界遺産「アイト・ベン・ハッドゥ」へ向かいます。
マラケシュ市街
メナラ庭園  12世紀のムワッヒド朝時代に造られた広大な庭園です。中央に貯水池があり、その周りはオリーブの林に囲まれています。
 貯水池の方から見たパビリオン
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 庭園周りの巨大なオリーブの木
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 この庭園に観光に来た若い女性たち  にこやかに笑いながらやってくる姿に思わずカメラを向けました。
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 3人のイスラム系観光客  女性たちが着ている服装が面白いですね。
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 メナラ庭園を見に来た外国人観光客と観光客用駱駝
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クトゥピア・モスク  メディナの西に聳え立つマラケシュのシンボル的建物です。高さ約77mの美しいミナレット(塔)がこの街のランドマークですね。
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クトゥピアの破壊された基礎と現在のミナレット  
 1147年着工しましたが、完成後モスクの位置がメッカに対して正しくないとして一度破壊されました。 左側の基礎部分がその名残です。 
 その後、1199年にモスクの部分が建て直さたのがミナレットの部分です。ムーア様式の傑作と言われています。
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 基礎遺跡の中を歩いて来る男の子
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 建物の穴に住む鳩たち
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 境内で写真撮影のモデルになるべくお願いする民族衣装の人たち  この人たちが被っている帽子は、スークでも販売していました。
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マラケシュの街並
 荷物を運ぶロバの二輪車
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 観光客を乗せて案内するクチ(馬車)  多くのクチが道路を駆け巡っていました。
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建物の屋上で巣作りをしているコウノトリ  日本では豊岡のコウノトリが有名ですが、モロッコでは至る所でコウノトリを見ることが出来ました。
 ミナレットの頂上に巣を作ったコウノトリ
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 コウノトリの番
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 コウノトリの闘争?
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マラケシュの市場風景
 オレンジをはじめ、いろいろな野菜や果物を販売していました。
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 牛肉を販売している店先風景
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 タジンナベ等のお土産を売っている店先
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 路地で見かけた猫たち
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バヒア宮殿  
 愛妾用の会議室と個室には、彩り鮮やかな」タイルが貼られ、アトラスシーダ材の天井には細密画が描かれています。
 壁や柱の彫刻も素晴らしく、アルハンブラ宮殿にも負けないくらいの見事な芸術作品を見ることが出来ます。 
 柱の彫刻
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 バヒア宮殿の中庭  鉄の扉越しの風景をカメラに収めました。
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 壁や床に貼られた見事なタイル
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 大広間に置かれた噴水のある水盤
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 宮殿の室内模様
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 宮殿の天井の見事な細密画
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マラケシュのアグノウ門  
 メディナの南側、王宮の近くにある美しい門で、アーチの周辺は赤と緑の砂岩で馬蹄形や半円形の繰り込み模様で縁どられ、その上の壁にはコーラン
 の詞が装飾文字で刻まれています。小さな二つの大砲が備えられています。スルタンが宮殿に行くための門だったそうです。
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スルタンが眠るサアード朝の墳墓群  サアード朝(1549~1659)の代々のスルタンが葬られている大墓廟群です。
 アル・マンスール王の墓
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 サアード朝の王族たちの墳墓群
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 見学に来ていた元気な子供たち
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マラケシュ観光終了後、世界遺産「アイト・ベン・ハッドゥ」に向かいました。
マラケシュからアイト・ベン・ハッドゥへ向かう途中の風景
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トイレ休憩を兼ねアルガンの木で作るオイルなどを販売しているショップに立ち寄りました。
 アルガンの木の実を割っている女性たち
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世界遺産・アイト・ベン・ハッドゥ  
 日干し煉瓦造りの古いクサル(要塞化された村)の一つで、ベルベル人の数家族だけがここに住んでいます。1987年、世界遺産に登録され、現在も 
 修復作業が進められているそうです。この地は、「アラビアのロレンス」や「ソドムとゴモラ」などの映画のロケ地として使われたそうです。
 アイト・ベン・ハッドゥ遠望  途中から降り出した雨の中、カッパを着、傘を差して遺跡見物に出掛けました。
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 遺跡見物のため坂道を登る一行
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 迷路のような遺跡内風景
  銃眼が配置された塔が一定間隔に何本も聳えています。
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  迷路のような道とそこを横切る住人
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  遺跡内にあるお土産店と店主
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 高台から見た遺跡の風景と対岸の街並  対岸の街並は、かっての居住者たちが移り住んだ新しい村です。
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 遺跡内に住んでいる居住者の母親と女の子
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 この遺跡内で飼育されている驢馬
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バスに戻る途中、かっての住人たちが移り住んだ村の風景
 玄関前に佇んでいた可愛い女の子
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 道路沿いにある小さな商店とそこの住人たち
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アイト・ベン・ハッドゥを見物した後、今夜宿泊予定のホテルのある、ワルザザードへ向かいました。 

          引き続き「モロッコ・アブダビ・ドバイ旅行(3)」をご覧ください。

by mda-vinci | 2012-09-11 19:44 | 海外旅行