ダヴィンチの旅行写真集

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2013年 04月 25日

ポルトガル旅行(2)

引き続き、ポルトガル旅行(2)をご覧ください。

3月19日  今日は国境を超え、スペインの世界遺産「サンチャゴ・デ・コンポステラ」を訪問します。今回の旅行の最大の目的地でもあります。
サンチャゴ・デ・コンポステラへ行く途中、車窓から撮影したのどかな田園風景
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サービスエリアで見つけた黄色ののカタバミの花
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巡礼の道  スペインの北部、ピレネー山脈を越える峠付近からサンチャゴ・デ・コンポステラに至る約800kmの道が「巡礼の道」と呼ばれています。最盛期の12世紀には、50万人の巡礼者がこの道に足跡を残したと言われています。サンチャゴ・デ・コンポステラは、中世の頃からエルサレム、ローマと共にキリスト教の三大聖地の一つに数えられています。
歓喜の丘  約800kmの「巡礼の道」を歩いてきた巡礼者が、この丘の上に上り、サンチャゴ・デ・コンポステラのカテドラルを遠くに見て涙を流して喜んだといわれています。

 歓喜の丘に建つ巡礼者の像  はるか彼方にカテドラルの塔が見えます。
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 巡礼者が見るカテドラルの3本の塔
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 歓喜の表情で建つ巡礼者のブロンズ像
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 巡礼者の杖の先に結ばれた瓢箪とホタテガイの貝殻  瓢箪は飲み水、ホタテガイの貝殻はヤコブの遺体がホタテガイに乗って運ばれて来たという伝説によると言われ、巡礼のシンボルになっているようです。
 
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サンチャゴ・デ・コンポステラ  中世のスペインでは、キリストの十二使徒のひとり、聖ヤコブ(スペイン語でサンチャゴ)が、スペインでのキリスト教伝道の後、紀元44年にエルサレムで殉教し、その遺体は再びスペインに運ばれ埋葬されたといわれていました。9世紀はじめ、その聖ヤコブの墓が発見され、そこにカテドラルを建てたことからエルサレム、ローマと並ぶキリスト教の聖地として、多くの巡礼者を集めることになりました。

 カテドラルに傘をさして向かう観光客
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 カテドラル  オブラドイロ広場から見た荘厳なカテドラルです。
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 カテドラルの真ん中の塔に祀られている聖ヤコブの像
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 カテドラルの内部
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 祭壇に祀られている聖ヤコブの像  背後の両側に開いている穴から手を入れれば、誰でも聖ヤコブの像に触れることが出来ます。
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 カテドラルの天蓋  巨大な天蓋の明り窓から差し込む光で、堂内が少し明るく感じました。
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 カテドラルの外壁  非常にダイナミックで歴史を感じさせる装飾だったのでカメラに収めました。
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 カテドラルの扉飾り
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 オブラドイロ広場に埋め込まれたモニュメント  ここにもホタテガイの貝殻が刻まれています。
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 市庁舎  オブラドイロ広場の向かい側に市庁舎があります。この建物は、かってラクソイ宮殿だったところです。
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 5つ星のパラドール  カテドラルを背にすると、右側が旧王立病院です。1489年にカトリック両王によって巡礼者の宿泊施設兼病院として設立されました。
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 近くの公園から見たカテドラル
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 雨上がりの公園  公園の樹木は苔生し、落ち着いた雰囲気を醸し出していました。その公園で傘を手に立ち話をしている人を見かけました。
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 公園のベンチでで憩う女子大生  この町には大学があり、街中や公園で、多くの大学生を見かけました。
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 公園で見つけた老木と満開のシャクナゲの花
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 雨上がりの石畳を歩く家族連れ
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 雨で濡れた石畳を歩いて行く女子大生
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 濡れた石畳で餌を探す1羽の鳩
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 雨水の溜まった街中を歩く大学生たち
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 カテドラルの裏の石段で話し込んでいる女子大生
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 巡礼者と思しき人と話をする観光客
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 カテドラルの横の石段で寄付を募っていた楽師
  ギター弾き
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  シェパードを連れたバグパイプを吹き
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 観光が終わり、バスに戻る人たち
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国境を越え、ポルトガル・ポルトのホテルへ戻る途中にバスの車窓から撮影した風景
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3月20日  今日から南へ下り、大学の町「コインブラ」、宗教の町「ファティマ」そして漁師町「ナザレ」を訪問します。
コインブラへ行く途中で見た風景
 雲海の絶景  ポルトを出発してしばらくして車窓を見ると、雲海が広がっていました。即座にシャッターを切りました。
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 カラスの絵が描かれた高速道路の遮音板  カラスの衝突防止のために描かれたものでしょう。
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コインブラ  政治のリスボン、商業のポルトに次ぐ第3の都市です。丘の上の大学を中心に広がる人口10万人程の文化の中心の町です。 しかし、ポルトガルの歴史の中で果たした役割は大きく、多くの政治家や文化人たちを世に送り出してきました。

丘の上の大学を中心に広がるコインブラの町
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旧市街の入口にあるポルタジェン広場
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モンデゴ川に架かるサンタ・クララ橋  対岸には新旧サンタ・クララ修道院や軍事博物館が見えます。
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ポルタジェン広場の一角にあるスタンドの光景  付近の住人がちょっと立ち寄って物を買って行きました。
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コインブラ大学を描いたアズレージョ  大学へ行く坂道の塀に飾られていました。
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コインブラ大学に行く坂の途中で見たアズレージョ  樹木の影とアズレージョをカメラに収めました。
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大学の創設者ディニス王の像  ディニス王によって、1290年にリスボンで創立された大学が、コインブラに移転されたのは1308年とのこと。
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黒いマントを着て、大学への石畳の坂を上る女子大生  現在では、卒業式などの公式行事の時に着用するようです。
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黒いマントを着た女子大生  この黒いマントが大学生の象徴的存在で、これを着るのが「夢」だったようです。  
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構内に並ぶ彫刻群と旧大学の建物
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旧大学への入口「鉄の門」  入口に敷かれたデザイン化された石畳が、実に見事ですね。
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ラテン回廊と時計塔  右側がラテン回廊です。ここではラテン語を話すことが義務付けられていたそうです。
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ラテン回廊へ上る石段  黒いマントを持った女子大生がこの石段を上っていくところです。
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ラテン回廊正面の見事な彫刻
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ジョアニア図書館  ジョアン5世治下の1724年に建てられた図書館で、蔵書は30万冊にも及ぶそうです。
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ジョアン3世の像とジョアニア図書館  中庭に建てられたジョアン3世の像です。
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図書館前から見た旧大学  ラテン回廊と時計塔が広い中庭の奥にみえます。この時計塔は、18世紀に造られ、大学のシンボルになっています。
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ラテン回廊で記念写真を撮っている人たち  黒いマントを着た女子大生を中心に記念写真撮影を行っていました。
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大学構内で憩う学生たち  このような服装が一般的な通学服のようです。
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アルメディーナ門  かって町を囲んでいた城壁の入口のひとつだったもんです。メイン通りから少し坂を登った所にあります。
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石段を下りてきた子供たち  大学からメイン通りへ下りる途中で出会った大勢の子供たちです。機嫌良く写真撮影に応じてくれました。
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坂道の路地風景  この自動車はどうやってメイン通りへ出すのか心配になるような路地ですね。左側にFADOの看板がみえます。
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コインブラ・ファドに使う楽器類  この店で行われるファド・ショーのビデオを見た後、内部を見学しました。2種類のギターがありました。
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ベランダに置かれたジーンズの鉢植え  面白いアイデアで本当にビックリしました。
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メイン通りの風景  犬を連れた人やカップルがやってきたので、カメラに収めました。幾何学模様の黒と白の石畳が素敵ですね。
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店先でお土産を選ぶ人たち
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坂道に車を停めている風景  ポルトガルの至る所でこのような風景を見ることが出来ました。
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ファティマ  第1次世界大戦の1917年、この地で3人の子供たちの前に聖母マリアが出現するという奇跡が起きたそうです。 当時は荒地だった所に今は荘厳な教会が建ち、カトリックの聖地になっています。 1981年、ローマ法王だったヨハネ・パウロ2世がバチカンで狙撃された日が偶然にも奇跡の起きた日と同じ5月13日だったそうです。重傷を負った法王はその後奇跡的に回復し、マリア様の御加護があったとして翌年5月13日にファティマを訪れたそうです。

奇跡を見たという3人の子供たち
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バジリカ  広大な広場を前に、ネオ・クラシック様式の65mの塔を持つバジリカが聳えています。大広場の収容人数は30万人以上とのこと。
       毎月13日、特に5月と10月の大祭の時には、10万人もの巡礼者で埋め尽くされるそうです。
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膝行しながらお祈りをしている熱心な信者とキリストの磔刑像
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膝当てをして膝行する母子の信者 
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バジリカ側から見た聖三位一体教会  大広場の向かい側に新しく建設された近代的な教会があります。
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バジリカの内部風景
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奇跡を見たというジャシンタの像
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フランシスコとジャシンタの像越しに見たバジリカ
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構内にあるコルクの木  黒い部分が剥がれたところです。ポルトガルは、コルクの生産量では世界一です。
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聖三位一体教会から見たバシリカ  ここから見たバシリカが一番好きです。
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聖三位一体教会の建物とブロンズ像
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教会内部  今まで見てきたカトリック教会の装飾過多なものではなく、極めて近代的なすっきりした内部構造でした。
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バシリカ付近のファティマの街並  ここでも幾何学模様の幅広い石畳が印象的でした。
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お土産店のショーウインドーに映り込むバジリカ
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以上で、ポルトガル旅行(2) を終わります。 引き続き ポルトガル旅行(3) をご覧ください。

by mda-vinci | 2013-04-25 17:51 | 海外旅行


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